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高松センチュリーホテル(香川県)、阪神6連勝 [旅行]

10月1日(土)    7月18・19日の四国遍路の旅で、宿泊した宿は、JR高松駅から550mに位置するビジネスホテルの「高松センチュリーホテル」です。このホテルを選んだ理由は、ペット(犬)同伴可だったからです。

タカマツ10・ホテル.jpg

◎高松センチュリーホテル
住所:香川県高松市錦町1-4-19
電話:087-851-0558
1泊2食付き:2人で18,400円
http://www.takamatsu-century.com/index.html

駐車場やホテル内では犬をキャリーケースに入れて行動します。部屋は一般客から隔離された1階奥の洋室です。

↓夕食
タカマツ1・夕食.JPG

夕食後、「はな」を連れて、高松駅、高松港方面へ散歩に出かけました。
タカマツ3・散歩.JPG
タカマツ4.JPG
タカマツ5.JPG

タカマツ6.JPG
タカマツ7.JPG

↓高松港周辺でのイベント
タカマツ8.JPG
タカマツ9.JPG
↑瀬戸内国際芸術祭の期間中であったので、各所でイベントが行われていました。私は犬を連れていたので遠くから眺める程度でした。

※少し道に迷い、結局は1時間半も散歩しました。

↓ホテルの朝食はバイキングです
タカマツ2・朝食.JPG

※ホテルを8時35分にチェックアウトし、第77番札所「道隆寺」へ向かいました。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 甲子園、18:00、28,833人
巨人:000・000・010・・・・1・・・・(3)
阪神:000・000・002×・・・2・・・・(7)  阪神の7勝15敗1分

【マルチ安打】原口2
【打点】福留1、俊介1
【投手】
・藤浪   6回、20人:1安打、7三振、1四球、無失点
H能見   1回、3人:無安打、1三振、無四球、無失点
H安藤  3分の1、1人:無安打、1三振、無四球、無失点
・岩崎  3分の2、5人:2安打、無三振、1四球、1失点
金田   1回、4人:無安打、無三振、無四球、無失点(1勝)
・内海   7回、25人:3安打、8三振、2四球、無失点
●澤村  3分の2、6人:4安打、無三振、無四球、2失点(6勝4敗37S)

※阪神は、俊介のサヨナラ犠飛で、6連勝。本日の巨人戦が最終戦となります。
※高山選手は、坪井を抜き、球団新人安打記録を塗り替えた。136安打です。
※鳥谷の連続試合出場記録が雨天コールドで途切れる危機にあった。

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簡易生命保険創業100周年、サッカーW杯最終予選メンバー [特殊切手]

9月30日(金)   日本郵便㈱は、簡易生命保険誕生から100周年を迎えることを記念して、特殊切手「簡易生命保険創業100周年」を本日発行します。

◎簡易生命保険創業100周年
発行日:平成28年(2016)9月30日(金)
料額・種類:82円×10種類
シート構成:10枚(縦2×横5)
切手デザイン:玉木 明
版式刷色:グラビア5色
発行枚数:1,000万枚(100万シート)
銘版:国立印刷局

【切手デザインについて】
安心や幸福、成長といった生命保険のもつイメージをハートの花に託したデザインとし、簡易生命保険のイメージカラーである青を基調としています。また、切手シートの中には、100周年にちなんで100個のハートがデザインされています。

↓①ハートのお花畑1       ↓②ハートのお花畑2       ↓③ハートのお花畑3
簡易1.jpg    簡易2.jpg    簡易3.jpg

↓④ハートのお花畑4        ↓⑤ハートのお花畑5
簡易4.jpg    簡易5.jpg

↓⑥ハートのお花畑6       ↓⑦ハートのお花畑7       ↓⑧ハートのお花畑8
簡易6.jpg    簡易7.jpg    簡易8.jpg

↓⑨ハートのお花畑9        ↓⑩ハートのお花畑10
簡易9.jpg    簡易10.jpg

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◎サッカーW杯最終予選メンバー発表
http://www.asahi.com/articles/ASJ9Y4JMHJ9YUTQP00S.html

↓(朝日新聞デジタルより)
日本サッカー協会は29日、2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会アジア最終予選のイラク戦(10月6日、埼玉スタジアム)と、オーストラリア戦(同11日、メルボルン)に向けた日本代表26人を発表した。
【メンバーは次の通り】
 ▽GK 川島(メス)西川(浦和)東口(ガ大阪)

 ▽DF 長友(インテル・ミラノ)槙野(浦和)森重、丸山(以上FC東京)太田(フィテッセ)     吉田(サウサンプトン)酒井宏(マルセイユ)酒井高(ハンブルガーSV)植田(鹿島)

 ▽MF 長谷部(フランクフルト)柏木(浦和)永木(鹿島)香川(ドルトムント)
     清武(セビリア)山口(セ大阪)大島(川崎)

 ▽FW 岡崎(レスター)本田(ACミラン)小林(川崎)原口(ヘルタ)
     宇佐美(アウクスブルク)武藤(マインツ)浅野(シュツットガルト)

※先発出場が少ない海外組ばかり集めた日本代表に期待出来るのか? 次の世代の台頭が急務。

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史跡高松城跡(香川県高松市)、日本ハムがリーグ優勝 [公園・植物園]

9月29日(木)   只今、7月18日・19日に行った「はなと行く四国遍路の旅」を連載中です。
一日目に四国八十八ヶ所霊場を5ヶ寺参詣の後、宿泊地の「高松センチュリーホテル」に16時20分に到着しました。このホテルに決めた理由は、ペット(犬)同伴OKだったからです。
夕食時間は、18時からでしたので、私だけ「史跡高松城跡」へ行ってきました。

高松1・地図.jpg

◎史跡高松城跡(市立玉藻公園)
住所:香川県高松市玉藻町2-1
電話:087-851-1521
入園料:大人200円。総面積:79,587.44㎡
http://www.takamaysujyo.com/

【沿革】
高松城は、またの名を玉藻城(たまも)と呼ばれていますが、その由来は万葉集で柿本人麻呂が讃岐の国の枕言葉に「玉藻よし」と詠んだことに因んで、このあたりの海が玉藻の浦と呼ばれていたことによるといわれています。
 この城は、天正15年(1587)に、豊臣秀吉から讃岐一国を与えられた生駒親正が、天正16年から香東郡野原庄と呼ばれていた現在地を高松と改め築城に着手した平城(水城)です。縄張り(設計)は、当時築城の名手であった黒田孝高(如水)とも細川忠興ともいわれています。瀬戸内の海水を外堀、中堀、内堀に引き込んだこの城は、日本の三大水城(中津城、今治城)のひとつといわれています。城には、本丸を中心に時計回りの方向に二の丸、三の丸、桜の馬場、西の丸が配され、三重の堀とともに堅固な構えとなっていました。
 生駒氏の治世は4代54年間続きましたが、寛永17年(1640)に生駒騒動といわれる御家騒動により、讃岐一国を召し上げられ、出羽国(秋田県)矢島1万石に移されました。このあと、寛永19年(1642)に当時常陸国(茨城県)下館藩主だった松平頼重が東讃岐12万石の領主として入城しました。頼重は徳川家康の孫で、徳川光圀(水戸黄門)の兄にあたります。将軍家と近親の関係であった頼重は中国・四国の監察役を命じられていたといわれています。頼重以降、松平氏の治世は11代228年間にわたり、高松は松平氏の城下町として栄えました。
 お城は、明治3年に廃城伺を提出し許可され、一時政府の所管とありましたが、明治23年(1890)に城跡の一部が松平家に払い下げになり、昭和20年には松平家から公益財団法人松平公益会に継承され、さらに昭和29年に高松市が譲り受けて、高松市立玉藻公園として昭和30年5月5日から一般に開放しました。現在の玉藻公園の面積は79,587㎡(約2万4千坪)で、往時の66万㎡(約20万坪)と比べると8分の1ほどの広さです。城跡には重要文化財の月見櫓、水手御門、渡櫓や艮櫓とともに石垣や塀などが残り、昭和30年3月2日に国の史跡に指定されています。また、高松城は彦根城と姉妹城縁組をしていますが、これは第11代藩主頼聰(よりとし)の奥方として、彦根藩主であった井伊直弼の次女千代姫が輿入れしている縁から、昭和41年に結ばれたものです。

高松2・城跡地図.jpg

↓玉藻公園の石票
高松3・玉藻公園.JPG

↓西入口から入りました
高松4・西入口.JPG

↓城舟体験の受付
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↑和船「玉藻丸」で約30分間、内濠を遊覧、大人500円(私は時間がないので、パスしました)

↓水門
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↑この城は堀が海とつながっているので、潮の干潮による水位調節のため水門が設けられています。堀には鯛やチヌなど海の魚がいて、エサやり体験が楽しめます。

↓鞘橋
高松7・鞘橋.JPG
↑本丸と二の丸を結んでいる唯一の連絡橋で、当初は欄干橋でしたが、江戸時代中期末頃にはこのような屋根付きの橋になった。

↓橋から琴電高松築港駅に止まっている電車が見えました
高松8・琴電高松築港駅.JPG

↓天守閣跡
高松9・天守閣跡.JPG
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↑生駒氏時代の天守は、絵図や古文書によると3重だったとされています。松平氏時代の寛文10年(1670)に改築された天守は3重5階(3重4階+地下1階)の南蛮造りで四国最大の規模を誇っていましたが、明治17年(1884)老朽化を理由に取り壊されました。平成17年から天守台修復工事が行われ、発掘調査の結果地下1階部分から58個の礎石が当時のまま現れました。平成25年修復工事も完了し、今後天守閣復元に期待がかかっています。

↓天守台からの眺め
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高松12.JPG
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↑艮櫓(うしとらやぐら)旧太鼓櫓跡
艮櫓はもともと東の丸の北東の隅(現在の県民ホール敷地内)にあった櫓で、北東の方向を丑寅ということからこの名前があります。完成は延宝5年(1677)といわれ、月見櫓と同時期につくられました。三重三階・入母屋造・本瓦葺で、形は月見櫓と似ていますが、初重に大きな千鳥破風があるのが特徴です。昭和40年に当時の所有者であった旧国鉄より高松市が譲り受けて、2年の歳月をかけて、東の丸より旧太鼓櫓跡に移築されました。(昭和25年8月重要文化財指定)

↓鯛のエサやり体験場
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↓披雲閣(ひうんかく)平成24年7月重要文化財指定)
高松15・披雲閣玄関.JPG
高松16・披雲閣.JPG
高松17.JPG
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↑松平藩時代にも現在の場所に披雲閣と呼ばれる広大な建物(現在の約2倍)がありました。藩の政庁及び藩主の住居として使われていましたが、明治時代老朽化により取り壊され、その後3年の歳月と当時のお金で15万余円の巨費を投じて、大正6年(1917)現在の披雲閣が完成しました。
 披雲閣には142畳敷の大書院をはじめ、槇の間、松の間、蘇鉄の間など雅致を生かした部屋があり、波の間には、昭和天皇・皇后両殿下が宿泊されました。第2次世界大戦後しばらく占領軍に接収されていましたが、高松市が譲り受けてからは、貸会場として会議、茶会、華展などに利用され、市民にしたしまれています。

↓披雲閣庭園(平成25年10月名勝指定)
高松19・庭園.JPG
↑この庭は披雲閣の建築にあわせて、大正6年(1917)頃作造された枯山水の庭で、江戸時代の三尊石や重さ11トンといわれる手水鉢、昭和天皇・皇后両陛下お手植えの松などがあります。

↓月見櫓・水手御門・渡櫓(昭和25年8月重要文化財指定)
高松20・月見櫓.JPG
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↑月見櫓は北の丸の隅櫓として延宝4年(1676)頃完成したといわれ、出入りする船を監視する役割を持つとともに、藩主が江戸から船で帰られるのをこの櫓から望み見たので「着見櫓」ともいわれています。総塗籠造りの三重三階・入母屋造・本瓦葺で、初重は千鳥破風、二重は唐破風と屋根の形を対象させています。月見櫓に連なる薬医門様式の水手御門は、いわば海の大手門です。

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◎日本ハム4年ぶり7度目のリーグ優勝

プロ野球のパ・リーグは28日、北海道日本ハムファイターズが4年ぶり7度目のリーグ優勝を果たした。

 優勝へのマジックナンバーを「1」としていた日本ハムは同日、埼玉・西武プリンスドームで西武を1−0で降し、1試合を残して優勝を決めた。四回のレアードのソロ本塁打が決勝点となり、先発登板した大谷が完封(1安打15三振)して花を添えた。

 日本ハムはシーズン序盤は振るわず、6月下旬の時点で首位だったソフトバンクに最大11.5ゲームの差をつけられたが、7月中旬にかけて球団新記録の15連勝をするなど猛追。8月25日に初めて首位に立った後はソフトバンクと競り合い、最終盤で突き放した。栗山英樹監督は就任1年目の2012年以来、2度目のリーグ制覇となった。

日本ハム.JPG
↑7回胴上げされる栗山監督。監督胴上げ後に、今季限りで引退する武田勝投手も胴上げ。

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