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岐阜城(稲葉山城) [岐阜旅行]

6月15日(木)   岐阜・犬山・下呂・高山旅行記の続きです。
金華山ロープウェーで山頂駅まで行き、展望レストランでランチ後、いよいよ岐阜城へ向かいました。

岐阜城19.JPG

◎岐阜城
住所:岐阜県岐阜市18
電話:058-263-4853
入場料:大人200円(岐阜城資料館と共通)
http://www.city.gifu.lg.jp/3537.htm
斎藤道三織田信長の居城だった「岐阜城」。金華山(きんかざん)山頂に位置し、1201年に鎌倉幕府執事二階堂行政により初めて砦が築かれたといわれています。岩山の上にそびえる岐阜城は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。戦国時代には小説「国盗り物語」の主人公である斎藤道三の居城でもありました。その後、永禄10年(1567年)に織田信長がこの城を攻略し、城主となりました。信長は「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれています。
 天正4年(1576年)に岐阜城を息子信忠に譲るまでの間、「天下布武」の朱印を用いて天下統一の志をかかげ、城下町の復興に力を注ぎました。楽市楽座の保護など当時としては斬新な政策により岐阜城下は大変な賑わいでした。
 1600年、関ヶ原合戦の前哨戦の際、信長の孫 秀信が西軍に味方したため、東軍に攻め入られ、激戦の末落城し、天守閣・櫓等は加納城に移されました。
 現在の城は、昭和31年に復興され、鉄筋コンクリート造り3層4階構造で、岐阜市のシンボルとなっています。延べ461.77㎡、棟高17.7mで、城内は1階「武具の間」、2階「城主の間」、3階「信長公の間」となっており、最上階の「望楼の間」は展望台として多くの人に親しまれています。
 平成23年2月7日、金華山一帯が「岐阜城跡」として、国の史跡に指定された。また、平成27年4月24日、「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜として日本遺産第1号に認定された。

↓岐阜城の眞下に到着、「はな」も頑張って歩いてきました。
岐阜城20.JPG

↓岐阜城入口。ここで「はな」をリュックへ入れて、一緒に入場。(OKを確認)
岐阜城21・入口.JPG

↓城内
岐阜城23・展示.JPG
岐阜城24・.JPG
岐阜城25.JPG
岐阜城26.JPG
岐阜城27.JPG

↓歴代の城主
岐阜城22・歴代の城主.JPG

↓最上階からの展望
岐阜城28.JPG
岐阜城29・長良川.JPG
↑鵜飼いで有名な長良川が眼下に眺められます。

↓城内見学後、下山途中にある「御嶽神社」
岐阜城30・御嶽神社.JPG

↓岐阜城資料館
岐阜城31・資料館.JPG
岐阜城のすぐ東の岐阜城資料館は、昔の武器庫食糧庫を隅櫓城郭造りに昭和50年4月に復元したもので、内部には岐阜城関係の資料等を陳列しています。
↓資料館の内部
岐阜城32.JPG
岐阜城33.JPG

↓井戸跡
岐阜城34・井戸跡.JPG

↓閻魔堂前まで戻ってきました。あと一息です。「はな」頑張れ!
岐阜城35・閻魔堂前.JPG

↓ロープウェー頂上駅から復路のロープウェーに乗りました
岐阜城36・ロープウェーのりば.JPG

※岐阜の記事は次回に続きます。

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◎昨日の阪神タイガース(交流戦)

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 甲子園、18:00、35,914人
西武:103・000・000・・・・4・・・・(7)
阪神:000・020・000・・・・2・・・・(8)

【本塁打】中村14号3ラン(3回、能見)
【マルチ安打】高山2、中谷2、鳥谷2
【打点】俊介1、梅野1
【投手】
●能見   5回、21人:4安打、9三振、3四球、4失点(2勝3敗)
・松田   2回、9人:2安打、1三振、2四球、無失点
・藤川   1回、3人:無安打、1三振、無四球、無失点
高橋   1回、3人:1安打、1三振、無四球、無失点
○岡本 5回3分の1、23人:6安打、2三振、2四球、2失点(2勝)
S増田   1回、4人:1安打、2三振、無四球、無失点(1勝2敗14S)

※この試合は、両チームの4番打者の差が出ましたね。西武の4点はすべて中村君が叩き出したのに対して、福留は1安打したものの、三振や併殺とブレーキでした。

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