So-net無料ブログ作成
四国八十八 ブログトップ
前の10件 | -

室戸岬(高知県)、錦織には高い壁のジョコビッチ [四国八十八]

5月20日(日)   只今、【柴犬「はな」と行く四国遍路の旅(高知編)】を連載中です。
24番札所「最御崎寺」を参詣した後、仁王門を出て、左へ100m位の室戸岬灯台へ行きました。

★室戸岬灯台
https://www.attaka.or.jp/kanko/dtl.php?ID=6299
室戸岬灯台(むろとざきとうだい)は、高知県室戸市室戸岬町の室戸岬付近の高台に立つ白亜の鉄造灯台。周辺は、室戸阿南海岸国定公園に指定され、太平洋を望む風光明媚の地。光達距離26.5海里(約49km)は日本一。また、日本に5箇所[2]しかない直径2.6メートルの第一等フレネル式レンズを備えた第1等灯台でもある。更には、日本の灯台50選の一つ、その歴史的価値から海上保安庁によってAランクの保存灯台にも指定されている。(Wikiより)
初点灯は明治32年(1899)。
室戸岬1・灯台.jpg
室戸岬2・灯台.jpg
↑この展望台は、「恋人の聖地」に認定されています。

4月21日(土)室戸岬灯台を見物してから、15時55分、24番・最御崎寺の駐車場を出発しました。
ここから宿泊の「民宿・室戸荘」までは数分です。まだ時間があるので、室戸岬を散策しました。

◎室戸岬(むろとざき)
https://www.attaka.or.jp/kanko/dtl.php?ID=703
「むろとみさき」ともいう。高知県室戸市南端、太平洋に突出する岬。国指定名勝。四国南東端にあたり、紀伊水道と土佐湾を分け、西の足摺(あしずり)岬と相対して土佐湾を抱く。斑糲(はんれい)岩などが海食を受け、海岸段丘や岩礁を発達させた隆起岩石海岸。台風の通過地として知られ、全国屈指の強風地でもあり、アコウ、アオギリ、ウバメガシ、トベラなどの亜熱帯・暖帯の植物群生(国指定天然記念物)が強風により特有な樹形をみせ、豪壮な波濤(はとう)景と組み合わされて特色ある景観を呈している。岬背後の海岸段丘面には四国八十八か所第24番札所最御崎(ほつみさき)寺、測候所、灯台があり、室戸スカイライン(県道203号室戸公園線)が通じる。国道55号が海岸沿いを走るほか、遊歩道が通じ、それに沿って空海ゆかりの観音窟(かんのんくつ)、行水の池や、中岡慎太郎像などがある。一帯は室戸阿南海岸国定公園に指定されている。また世界ジオパークにも認定されています。

室戸岬20・地図.png

★室戸岬乱礁遊歩道
室戸岬周辺2.6kmにわたり遊歩道がつけられています。アコウ、ハマユウなどの亜熱帯植物、岩礁に砕け散る荒波、空海ゆかりの場所として悟りをひらいたとされる御厨人窟(みくろど)、行水の池、衆生の眼病を治したとされる目洗いの池、さらに悲しい伝説が残されているビシャゴ巌など、室戸の自然と歴史を遊歩道に沿って楽しんで下さい。
室戸岬3.jpg

室戸岬4.jpg

室戸岬5.jpg

室戸岬6・山上の灯台.jpg
↑山頂に灯台が見えます。

↓遊歩道
室戸岬14.jpg

↓灌頂ケ浜
室戸岬7・灌頂ケ浜.jpg
室戸岬8.jpg
↑弘法大師が潅頂(カンジョウ)の会式(正統な継承者となる儀式)をしたと伝えられる浜。

↓ビシャゴ岩
室戸岬15・ビシャゴ岩.jpg
室戸岬16.jpg
↑約1400万年前、マグマが地層に貫入して固まったとされる岩で、水平に貫入したものがその後の地殻変動により、ほぼ垂直に回転したもの。昔、男達に愛を求められる煩しさに、この岩から身を投げた女がいたという言い伝えも残されている。

↓ポットホール
室戸岬17・ポットホール.jpg

↓弘法大師行水の池
室戸岬18・弘法大師行水の池.jpg

↓みくろ洞
室戸岬11・みくろ洞.jpg
室戸岬12.jpg
室戸岬13.jpg
↑約1200年前の平安時代、青年時代の大師が悟りを開いたといわれる洞窟で、内には五所神社と呼ばれる社がある。空海と名前をつけたのもここから見える空と海に感銘を受けたからと言われている。「御厨人窟」(左側)の波音は環境省の「日本の音風景100選」に選ばれている。現在、神明窟(右側)は落石の為、立入禁止。

↓風見鯨
室戸岬10・風見鯨.jpg
↑ここからホエールウォッチングが出来るそうです。

↓中岡慎太郎像
室戸岬9・中岡慎太郎.jpg
↑海援隊長の坂本龍馬とともに活躍した明治維新勤皇の志士。慶応3年11月15日(1867年)京都河原町の近江屋で刺客におそわれ、龍馬とともに落命。享年30歳。銅像は昭和10年、安芸郡青年団が主体となって建てられた。

宿泊場所の民宿・室戸荘に16時40分到着しました。
室戸岬19・室戸荘.jpg

======================================

◎錦織圭、フルセットでジョコビッチに敗退 4強ならず
https://www.asahi.com/articles/ASL5M1D6LL5LUEHF00P.html
↓(朝日新聞デジタル)
テニスのイタリア国際は18日、ローマで行われ、男子シングルス準々決勝で世界ランキング24位の錦織圭(日清食品)は元世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)と対戦、第1セットを6―2で先取したが、第2セット以降は1―6、3―6で失い、フルセットの末に敗れた。ジョコビッチにはこれで12連敗となり、通算の対戦成績は2勝13敗となった。
ジョコビッチには前週のマドリード・オープンでは1回戦で当たり、ストレート負けしていた。8強入りを決めた17日の試合後は、「まだ若干、苦手意識というか、ほかの選手とは違った試合前の感情にはなる。さらに気持ちを強くもたないといけない」と語って臨んだ一戦。最終セットは第3ゲームで先にブレークを許したが、直後のゲームでバックハンドのストレートなどを生かして取り返す粘りを見せた。しかし、3―3で迎えた第7ゲームでサービスゲームを落とすと、このゲームを含めて3ゲーム連続で失い、及ばなかった。

★なぜ錦織圭はジョコビッチに勝てないか ジョコに聞いた

※私は深夜4時頃まで生中継を観ていましたが、錦織とジョコビッチの間にはレベルの差を感じました。その一つはサーブ力の違いです。第1サーブの確立は、錦織が76%、58%、54%と低下したのに対し、ジョコビッチは64%、70%、67%と安定していました。そして何といってもメンタル面の弱さが垣間見られましたね。

=====================================

◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)ナゴヤドーム、14:00、34,749人
阪神:100・000・001・・・・2・・・・(4)
中日:000・003・00×・・・・3・・・・(7)

【打点】ロサリオ1、糸原1
【盗塁】糸井(1回)、植田(3回)、熊谷(8回)
【投手】
● 小野   7回、29人:7安打、3三振、3四球、3失点(3勝2敗)
岩崎   1回、5人:無安打、2三振、2四球、無失点
○ ガルシア 7回、25人:2安打、6三振、4四球、1失点(5勝1敗)
S 田島   1回、4人:1安打、無三振、無四球、1失点(2敗9S)

※阪神は借金2で、5位の中日に1ゲーム差まで追い上げられました。
※阪神は、ここ9試合連続3得点以下の貧打です。この日のスタメンを見ると、打率0.280以上は糸井と糸原の2名だけ、しかも1割代は俊介・大山・江越・梅野の4名もいます。

###################################
nice!(16)  コメント(6) 
共通テーマ:旅行

24番最御崎寺(2)、錦織2年ぶり8強進出 [四国八十八]

5月19日(土)   只今、【柴犬「はな」と行く四国遍路(高知編)】を連載中です。
24番札所・最御崎寺の続きです。

最御崎寺21・境内図.jpg

◎最御崎寺(ほつみさきじ)
住所:高知県室戸市室戸岬町4058-1
電話:0887-23-0024
http://www.88shikokuhenro.jp/kochi/24hotsumisakiji/
山号:室戸山。宗派:真言宗豊山派。本尊:虚空蔵菩薩(秘仏)
創建:大同2年(807)。開基:嵯峨天皇(勅願)、空海(弘法大師)
正式名:室戸山 明星院 最御崎寺。別称:東寺
札所:四国八十八個所24番

室戸岬では東西に対峙している第二十六番札所の金剛頂寺を西寺(にしでら)と呼ぶのに対し、東寺(ひがしでら)と呼ばれる。寺号は「火つ岬」(火の岬)の意。

本尊真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんあり きゃまり ぼり そわか
ご詠歌:明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ

【歴史】(Wikiより)
空海は都での学問に飽き足りず、19歳の延暦11年(792年)頃からの約5年間、山林修行を続けた。空海の『三教指帰』には「土州室戸崎に勤念す」(原文は漢文)とあり、室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだとされる。寺伝によれば空海は大同2年(807年)に、嵯峨天皇の勅願を受けて本尊の虚空蔵菩薩を刻み、本寺を開創したとされる。当初は奥の院四十寺のある四十寺山頂にあり、現在地に移ったのは寛徳年間(1044年 - 1055年)頃といわれている。
嵯峨天皇以降歴代天皇の信仰が篤かった。延久2年(1070年)の『金剛頂寺解案』(こんごうちょうじげ あん)によれば、現・室戸市域の大部分が金剛頂寺(西寺)の寺領となっており、最御崎寺(東寺)は金剛頂寺の支配下にあったことが窺われる。鎌倉時代末期から室町時代初期にかけては、金剛頂寺の住持が最御崎寺を兼帯していた。正安4年(1302年)には後宇多上皇から寺領を寄進されているが、これは京都槇尾西明寺住持で東寺・西寺の住持を兼帯していた我宝の尽力によるものであった。
暦応4年(1341年)、足利尊氏によって土佐の安国寺とされる。その後火災により焼失したが、元和年間(1615年 - 1624年)には土佐藩主山内忠義の援助を受け僧の最勝が再興する。堂塔を建立、七堂伽藍を有したという。明治に入って神仏分離令によって荒廃するが、大正3年(1914年)には再建された。また、女人禁制の寺で岬からの登山口脇にあった女人堂から拝んでいたが、明治5年に解禁された。阿南室戸歴史文化道の指定を受けている。

★大師堂
最御崎寺22・大師堂.jpg
最御崎寺23・大師堂.jpg

↓大師堂の脇にある「一畑薬師」
最御崎寺24・一畑薬師.jpg

↓鐘楼堂(袴腰造)
最御崎寺25・鐘楼堂.jpg

↓虚空蔵菩薩石像
最御崎寺26・虚空蔵菩薩石造.jpg

↓一段上の境内の遠景(中央が本堂)
最御崎寺27一段上の遠景.jpg

↓多宝塔
最御崎寺28・多宝塔.jpg

↓子安・子育地蔵
最御崎寺29・子安子育地蔵.jpg

★本堂
最御崎寺30・本堂.jpg
最御崎寺31・本堂.jpg

↓納経所
最御崎寺32・納経所.jpg

↓ご朱印
最御崎寺33・朱印.jpg
↑東寺と書かれています。

↓鐘楼と霊宝殿
最御崎寺34・鐘楼と霊宝殿.jpg
↑霊宝殿:毎年11月の第1日曜日に公開され、重要文化財の宝物が拝観できる。合わせて、室戸岬灯台と室戸岬特別地域気象観測所(旧室戸岬測候所)の公開がある。

↓西国三十三観音奉安所
最御崎寺35・西国三十三観音奉安所.jpg

※この奥には、聖天堂、護摩堂、客殿、遍路センターがありますが、行けませんでした。

↓くわずいも
最御崎寺36・くわずいも.jpg
↑本堂すぐ横には空海の七不思議[3]のひとつ「くわずいも」の伝説にちなんだクワズイモ畑がある。昔、土地のものが芋を洗っているところに弘法大師が通りがかり、その芋を乞うたところ「これは食えない芋だ」といって与えなかった。それ以来ほんとうに食べられなくなったと伝えられる。現在は胃腸の薬として利用される。

↓若宮八幡宮
最御崎寺37・若宮八幡宮.jpg

↓六地蔵
最御崎寺38・六地蔵.jpg

※最御崎寺を詣でた後、仁王門から約100mの所に室戸岬灯台があるので行きました。これらは次回に続きます。

====================================

◎錦織が2年ぶり8強進出「ほぼ完璧」 イタリア国際

↓(朝日新聞デジタル)
テニスのイタリア国際は17日、ローマで行われ、男子シングルス3回戦で世界ランキング24位の錦織圭(日清食品)は同28位のフィリップ・コールシュライバー(ドイツ)に6―1、6―2で快勝し、2年ぶりの準々決勝進出を決めた。18日に予定されている準々決勝では、元世界1位、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)と対戦する。ジョコビッチとの対戦成績は通算2勝12敗。
錦織圭が「ミスは少なかったし、ほぼ完璧」と自賛した。フォア、バックとも正確なショットを連ね、わずか1時間4分の快勝だ。
 夕暮れどきからの試合となり、赤土が水分を含み重くなった。「球も重く感じた」。強烈なスピンを利かせたショットを得意とする相手が、その武器を駆使しづらい状況も幸いした。
 準々決勝で当たるジョコビッチは前週のマドリード・オープン1回戦を含めて11連敗中と相性が悪い。

======================================

◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)ナゴヤドーム、18:00、32,542人
阪神:000・002・000・・・・2・・・・(8)
中日:001・000・000・・・・1・・・・(5)

【本塁打】大野2号ソロ(3回、高橋)
【マルチ安打】ロサリオ3
【打点】ロサリオ1、糸原1
【投手】
○ 高橋遥 7回3分の2、30人:5安打、7三振、2四球、1失点(2勝1敗)
H 桑原   3分の1、1人:無安打、無三振、無四球、無失点
S ドリス   1回、3人:無安打、2三振、無四球、無失点(1敗13S)
● 小笠原   6回、25人:6安打、4三振、1四球、2失点(1勝4敗)

↓ルーキー高橋遥人が2勝目
阪神2・高橋.jpg

★鳥谷、球団単独トップの通算2011試合出場 代打で送りバント決める
↓(朝日新聞デジタルより)
阪神の鳥谷敬内野手が九回、桑原の代打で登場。これが通算2011試合目の出場で、球団歴代トップの藤田平氏(デイリースポーツ評論家)を抜き、実に34年ぶりに球団記録を更新した。
 この回、無死一塁で打席に立つと岡田に対して2球目、送りバントを決めて役目を果たした。常々、「個人的な事は特になにも」と話すが、生え抜きとして長年チームを支えてきたベテラン。直近7試合はスタメンから外れているが、他の追随を許さぬ金字塔となった。
 プロ15年目での達成。また、歴代2位の連続試合出場も1932に伸ばした。

#######################################


nice!(16)  コメント(5) 
共通テーマ:旅行

24番最御崎寺(1)、錦織世界4位を破る [四国八十八]

5月18日(金)   只今、【柴犬「はな」と行く四国遍路の旅(高知編)】を連載中です。
4月21日(土)14時55分に25番津照寺を出発し、15時06分24番最御崎寺の駐車場に到着しました。

◎最御崎寺(ほつみさきじ)
住所:高知県室戸市室戸岬町4058-1
電話:0887-23-0024
http://www.88shikokuhenro.jp/kochi/24hotsumisakiji/
山号:室戸山。宗派:真言宗豊山派。本尊:虚空蔵菩薩(秘仏)
創建:大同2年(807)。開基:嵯峨天皇(勅願)、空海(弘法大師)
正式名:室戸山 明星院 最御崎寺。別称:東寺
札所:四国八十八個所24番

【歴史・由来】
「修行の道場」とされる土佐最初の霊場。太平洋の白い波涛が吠えたてる室戸岬の突端にある。黒潮のしぶきにあらわれて鋭角になった黒い岩礁。そのすさまじい響き、空と海が一体となり襲いかかる洞窟の樹下で、藤衣を被って風雨を凌ぎ、虚空蔵求聞持法の修法に励む青年・空海がいた。延暦11年(792)、弘法大師19歳のころとされている。この詳細は、大師が24歳のときの撰述『三教指帰』に次のように記されている。
「…土州室戸崎に勤念す 谷響きを惜しまず 明星来影す 心に感ずるときは明星口に入り 虚空蔵光明照らし来たりて 菩薩の威を顕し 仏法の無二を現す…」
大同2年、唐から帰朝した翌年に大師は、勅命をうけてふたたび室戸岬を訪ねている。虚空蔵求聞持法を成就したこの地に、本尊とする虚空蔵菩薩像を彫造して本堂を建立、創した。嵯峨天皇をはじめ歴代天皇の尊信が厚く、また、足利幕府の時代には土佐の安国寺となり、戦国・江戸時代には武将、藩主などの寄進により、寺運は隆盛した。
当時は、真言密教の道場とされ女人禁制の寺であった。往時、女性の遍路は遙か室戸岬の先端から拝んだといわれるが、明治5年に解禁されている。室戸岬では東西に対峙している二十六番・金剛頂寺が「西寺」と呼ばれ、最御崎寺は「東寺」とも呼ばれており、納経帳等の寺名には東寺と記されている。南国情緒を味わう室戸阿南国定公園の中心にあり、大師が悟りの起源の地でもある。

最御崎寺19・地図.jpg最御崎寺20・境内図.jpg

↓無料駐車場(遍路センター前の駐車場は有料)
最御崎寺1.jpg

↓案内図
最御崎寺2.jpg

↓案内板の横に「お迎え大師像」
最御崎寺3・お迎え大師.jpg

↓このような参道を約5分登って境内に向かいます。
最御崎寺4・参道.jpg

↓吉井勇の歌碑
最御崎寺5・吉井勇歌碑.jpg

↓仁王門の側面
最御崎寺6・仁王門側面.jpg

↓仁王門の正面
最御崎寺7・仁王門正面.jpg

↓仁王門の手前に「岩見重太郎の塚」
最御崎寺8・岩見重太郎の塚.jpg
最御崎寺9・岩見重太郎.jpg

↓仁王門の表側の木造の仁王像
最御崎寺10・仁王.jpg 最御崎寺11・仁王.jpg

↓仁王門の裏側の石造の仁王像
最御崎寺12・仁王像.jpg 最御崎寺13・仁王像.jpg
↑正保4年(1647)建立。

↓仁王門をくぐって、右側に「中興第33世 大僧正 島田信保像」
最御崎寺14・中興第33世島田信保.jpg

↓「ヤッコソウ」
最御崎寺15・ヤッコソウ.jpg

最御崎寺 (トリップアドバイザー提供)

↓左側に「土俵」
最御崎寺16・土俵.jpg

↓右側に「十一面観音菩薩像」
最御崎寺17・十一面観音.jpg

↓左側に「鐘石」
最御崎寺18・鐘石.jpg
↑「空海七不思議」のひとつでもある鐘石があり、上に置いてある小石で叩くと「カーン」「キーン」という金属のような音が鳴ります。この不思議な音は冥土にまで届くといわれています。何故金属のような音が鳴るのかはまだあまりよくわからないそうです。

※最御崎寺の記事は、次回に続く。

=====================================

◎錦織、世界4位を破る「本当に紙一重」 イタリア国際

↓(朝日新聞デジタル)
テニスのイタリア国際は16日、男子シングルス2回戦で世界ランキング24位の錦織圭(日清食品)が16強入りを決めた。第3シードの同4位、グリゴル・ディミトロフ(ブルガリア)に6―7、7―5、6―4で逆転勝ちした。
 「本当に紙一重」。辛勝した錦織が振り返った。
 記者会見で「心が折れかけた場面」を挙げてもらった。キープすればセットを奪える第10ゲームを失い、タイブレークで第1セットを失った場面は「弱気になってつけ込まれた」。ベースラインを割ったと確信した相手の打球を主審に覆された場面もあった。「確実にアウトだった。納得いかない部分があっても従うしかないので、仕方ないですけど」
 窮地にめげない。錦織本来の「粘り気」を2時間56分の死闘で再確認できた。
右手首故障による長期離脱の影響で世界ランキングは24位。大会序盤で上位勢との対戦が避けられるシードの恩恵がない。前週は1回戦で10連敗中の元世界1位、ジョコビッチ(セルビア)と当たり惜敗。今大会は2回戦で同4位と当たった。「ありえない日常が続いているので、早く上がりたい」
 今大会の結果次第で全仏オープン(27日開幕)の上位16シード入りが狙える。「ひそかには思っていますよ。大々的に目標にしてもプレッシャーがかかるので心の底の底ぐらいで」。サービス精神旺盛なコメントに、心の余裕が透ける。
 「相手が誰であろうと、勝てそうな気は徐々にしている。試合前も楽しみな気持ちで入った」。その心境でコートに立てれば、類いまれな遊び心が呼び覚まされる。完全復活は近い。
錦織1.jpg

大坂「心がしょげた」
 世界1位のハレプとの対決にあたり、大坂に覚悟はあったはずだ。「彼女はクレーでは驚くくらい俊敏に動ける」。1回戦に勝った後の記者会見で、そう印象を語っていた。
 出だしは好調で、第1セット第2ゲームでいきなりブレークチャンスをつかんだ。しかし、粘られた末にキープを許した。チャンスを逃した後にピンチが訪れるのは、勝負事ではよくある。直後のサービスゲームでブレークを許すと、流れは一方的になった。記者会見で大坂は「心の中がパニックになっていたわけではないけれど、少ししょげてしまった。頭が整理できていなかったというか」と話した。大坂が6回あったブレークポイントを1度も生かせなかったのに対し、ハレプは7回のうち、実に6回を生かす効率の良さを発揮した。大坂は次第に戦意が喪失し、球を追いかける気力も減退していったのは残念だった。

====================================-

◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)甲子園、18:00、40,534人
DeNA:000・130・101・・・・6・・・・(13)
阪 神:000・100・200・・・・3・・・・(8)

【本塁打】福留3号ソロ(4回、平良)、宮崎6号ソロ(4回、秋山)、ロペス12号2ラン(5回、秋山)
     ロペス13号ソロ(9回、岩崎)
【マルチ安打】糸井2、原口2
【打点】福留1、原口1、俊介1
【失策】ロサリオ(5回)
【投手】
● 秋山   5回、24人:8安打、2三振、2四球、4失点(3勝4敗)
・藤川   1回、4人:1安打、3三振、無四球、無失点
・マテオ  1回、5人:2安打、1三振、無四球、1失点
・尾仲   1回、4人:1安打、1三振、無四球、無失点
岩崎   1回、4人:1安打、2三振、無四球、1失点
○ 平良 5回3分の1、21人:4安打、6三振、1四球、1失点(1勝)
S 山崎   1回、5人:2安打、1三振、無四球、無失点(1敗10S)

※秋山は制球が甘く、5回4失点で、KOされました。
※阪神は借金2で、4位に転落。
※ロサリオは攻守に精彩がありません。そろそろ見切る時期では? ちょうど二軍では中谷が復調の気配(2打席連続本塁打)をみせています。

######################################
nice!(16)  コメント(6) 
共通テーマ:旅行

25番札所・津照寺(2) [四国八十八]

5月13日(日)   現在、【柴犬「はな」と行く四国遍路(高知編)】を連載中です。
今回は、25番札所・津照寺の後半です。

◎津照寺 (しんしょうじ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/津照寺
津照寺(しんしょうじ)は、高知県室戸市室津町に位置する寺院。宗派は真言宗豊山派。宝珠山(ほうしゅざん)、真言院(しんごんいん)と号す。本尊は楫取延命地蔵菩薩。四国八十八ヶ所霊場の第二十五番札所です。

本尊真言:おん かかかびさんまえい そわか
ご詠歌:法の舟 入るか出るか この津寺 迷ふ吾身を のせてたまへや

寺伝によれば、大同2年(807年)に空海がこの地を巡錫した際、山の形が宝珠に似ておりこの地が霊地であると感得し、宝珠に合わせ、一刀三礼して延命地蔵菩薩を刻み堂宇を建立し開創したという。『今昔物語集』には当寺が「津寺」の名で登場し、本尊地蔵菩薩の霊験が語られている。それは、「地蔵菩薩火難ニ値ヒ自ラ堂ヲ出ルヲ語ル」とあり、本堂が火災に遭ったとき本尊が僧に身を変え村人に知らせ難を逃れたという逸話である。また、慶長年間(1596年 - 1615年)に土佐藩主山内一豊が室戸沖で暴風雨に遭ったとき、どこからともなく一人の僧が現れて船の楫をとり無事に室津の港に着けて立ち去った。衣から垂れた水跡を辿っていくと本寺の本堂の前で終わっていた。そこで本尊を拝観するとその姿が濡れており、本尊の地蔵菩薩が僧に姿を変えて船を救ったことを悟った。このことから本尊を楫取地蔵と呼ぶようになったという。

↓境内図
津照寺26・境内図.jpg

↓植野蔵次翁記念碑
津照寺13・植野蔵次翁記念碑.JPG
↑薪にしか利用されていなかったウバメガシの製炭技術を土佐に伝えたのが、明治末に四国にお遍路に訪れた紀州南部出身の植野蔵次で、室戸市の四国霊場第25番津照寺(しんしょうじ)には弟子たちにより建立された「植野蔵次翁記念碑」があります。ただ紀州備長炭に比べ、土佐備長炭は、釜が大きい、釜出しサイクルが短い、紀州の「立てくべ」に対し土佐は「横くべ」、ウバメガシは紀州は「クロガシ」土佐は「アカガシ」、などと微妙な違いがあります。

↓急な125段の石段が待っています。手すりにつかまりながら登りました
津照寺14・125段の急な石段.JPG

↓左側に「金比羅大権現」のお堂
津照寺15・金比羅大権現.JPG

↓右側に「稲荷社」
津照寺16・稲荷社.JPG

↓右側に「写経大師尊像」と「漁業殉職者霊塔」
津照寺17・写経大師尊像、漁業殉職者霊塔.JPG
↑漁業殉職者霊塔は、昭和53年建設。

↓石段の途中に朱塗りの「鐘楼門」
津照寺18・鐘楼門前から.JPG

↓裏から見た「鐘楼門」
津照寺19・鐘楼門後ろから.JPG
↑上層は鐘楼堂で両側に仁王像を安置した変形の二重門。別名「仏の灯台」と呼ばれている。

↓さらに石段を上ると本堂です
津照寺20・まだ石段.JPG

★本堂
津照寺21・本堂.JPG
津照寺22・本堂.JPG
↑本堂には、本尊を囲んで、三方の壁に信者が奉納した約30,000の小さな地蔵尊が祀られています。
昭和50年に新築されたコンクリート造。

↓本堂前の手水場
津照寺23・手水場.JPG

↓ここからの眺望
津照寺24・室津港と太平洋.JPG
↑室津港や太平洋が望めます。

↓【参考サイト】楽しく遍路(最御崎寺・津照寺・金剛頂寺・不動岩)
https://blog.goo.ne.jp/walkinghenro/e/3d865458384d5d8f43d0a086373402a2

※14時55分、25番津照寺を出発し、24番最御崎寺に向かいました。つづく

=====================================

◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・・計・・・・・(安打) マツダスタジアム、14:00、 31,701人
阪神:000・010・000・・・・・1・・・・・(5)
広島:020・000・40x・・・・・6・・・・・(8)

本塁打:板山1号ソロ(5回、大瀬良)
マルチ安打:糸原2
盗塁:江越(3回)
投手
●小野 6回3分の0、28人: 7安打、7三振、4四球、4失点(3勝1敗)
・マテオ 3分の2、7人: 1安打、無三振、4四球、2失点
・尾仲 3分 の1、1人: 無安打、無三振、無四球、無失点
・石崎 1回、3人: 無安打、3三振、無四球、無失点
○大瀬良 7回、26人: 5安打、9三振、無四球、1失点(5勝2敗)

※今季初の4連敗で借金生活へ。
※ロサリオは5番に降格、15打席連続無安打。
※マテオは3連続押し出し四球。
※阪神は2試合連続タイムリー安打なし(単発の本塁打のみ)

※パソコンが開けず、タブレットで追記。慣れないので時間がかかる。

###################################################
nice!(22)  コメント(6) 
共通テーマ:旅行

25番札所・津照寺(1) [四国八十八]

5月12日(土)   【柴犬「はな」と行く四国遍路の旅(高知編)】を連載中です。
26番札所・金剛頂寺を14時08分出発し、25番札所・津照寺の駐車場に14時21分到着しました。

◎津照寺 (しんしょうじ)
住所:高知県室戸市室津2652-イ
電話:0887-23-0025
http://www.88shikokuhenro.jp/kochi/25shinshoji/
山号:宝珠山。宗派:真言宗豊山派。本尊:(延命楫取)地蔵菩薩
創建:大同2年(807)。開基:空海(弘法大師)
正式名:宝珠山 真言院 津照寺。別称:津寺(つでら)
札所:四国八十八ヶ所25番

【歴史・由来】
室津港を見下ろす小山の上にたたずむ「津照寺」(しんしょうじ)は、通称「津寺」(つでら)と呼ばれています。弘法大師空海上人が四国御修行の砌、山の形が地蔵菩薩の持つ宝珠(ほうしゅ)に似ているところから霊地とし地蔵菩薩を自ら刻まれ本尊とし、宝珠山真言院津照寺と号されました。 
はじめ長曽我部氏の庇護をうけ津寺村と称して七町余の地高を有しその後、山内氏が国主として入国してより更に一町五反余の田地を寄附され寺院の運営も全て藩営とされ中老格をもって遇され隆盛を極めておりましたが、明治の改革に遭い地領は一旦政府に没収亦は小作農民に払い下げとなり寺は廃寺とされました。 
荒廃にまかすこと約十数年明治十六年ようやく寺名復興を許され今日に至ったのでありますが寺域は極度に狭められ昔日のおもかげはなく、只本堂が地蔵堂としてのこり御殿と申された庫裏の一角が当時小学校として残っておりました。現在、小学校は移転され、大師堂は昭和38年、本堂は昭和50年に新築されたものです。(四国八十八ヶ所霊場会公式ホームページより)

津照寺1.jpg 津照寺2.jpg

↓寺院専用の駐車場はなく、漁港の駐車場に止める。(無料)
津照寺25・駐車場.jpg

↓参道入口
津照寺3・入口.JPG

↓入口の左側にある「願船寺」
津照寺4・願船寺.JPG
津照寺5・願船寺.JPG

↓参道を山門に向かって進みます。
津照寺6・参道.JPG

↓朱色の山門
津照寺7・山門.JPG

山門をくぐって左側に一木権兵衛ゆかりの「お釜岩」があります。少し離れた所に「一木神社」があり、江戸時代に室津港工事で人柱となった一木権兵衛を祀っています。
地元の住民がその死を悼み、延宝7年(1679年)に祀るようになったといわれています。港を見下ろす山の中腹に神として祀られています。毎年5月の中旬には漁業殉職者慰霊祭と共に盛大な大祭が催されてます。もともとは5尺ほどの石塔で、社が建てられたのは明治9年(1876年)のことです。

↓山門をくぐると右側に、大師堂や納経所があります
津照寺8・大師堂、納経所、檀信徒会館.JPG

大師堂
津照寺9・大師堂.JPG
↑昭和38年建立。

↓納経所と檀信徒会館
津照寺10・納経所、檀信徒会館.JPG

↓ご朱印
津照寺11・朱印.JPG
↑「津寺」と署名されています。

↓山門横、大師堂向いの地蔵
津照寺12・山門横、大師堂向いの地蔵.JPG

※後半は次回に続きます。

========================================
自宅のパソコンが「ブルースクリーンエラー」になり、開くことが出来ませんので、皆さまへの訪問はしばらく出来ません。記事のアップは会社のPCで予約投稿する予定です。
#########################################

nice!(19)  コメント(5) 
共通テーマ:旅行

26番札所・金剛頂寺(3)、イチロー特別アドバイザーに就任 [四国八十八]

5月5日(土)   【柴犬「はな」と行く四国遍路の旅(高知編)】を連載中です。
今回は、26番・金剛頂寺の続きの最終分です。

◎26番・金剛頂寺(こんごうちょうじ)
金剛頂寺(こんごうちょうじ)は、高知県室戸市元乙に位置する寺院。龍頭山(りゅうずざん)、光明院(こうみょういん)と号す。宗派は真言宗豊山派。本尊は薬師如来。四国八十八箇所霊場の第二十六番札所です。室戸市周辺では西寺とよばれている。

真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌:おうじょうに のぞみをかくる ごくらくは つきのかたむく にしでらのそら

寺伝によれば、平城天皇の勅願により大同2年(807年)に空海(弘法大師)が薬師如来を刻んで創建し「金剛定寺」と号し女人禁制であったという。次の嵯峨天皇が「金剛頂寺」の勅額を下賜し、その寺名に改められた。『南路志』(江戸時代の土佐の地誌)所収の寺記によれば、大同元年、唐から帰国途次の空海が当地に立ち寄り創建したとされる。同寺記によれば、さらに次の淳和天皇も勅願所とし、住職も十代まで勅命によって選定されたという。
延久2年(1070年)の「金剛頂寺解案」(こんごうちょうじげあん、東寺百合文書のうち)によれば、当時の寺領は現・室戸市のほぼ全域にわたっていた。
室町時代には堂宇を罹災したが、長宗我部元親が寺領を寄進しているほか、土佐藩主山内家の祈願所とされ、復興は早く整備された。その後、明治32年(1899年)の火災で伽藍を焼失し、本堂ほか現存する堂宇は再建である。阿南室戸歴史文化道の指定を受けている。
金剛頂寺9・配置図.jpg

金剛頂寺には見所がたくさんありますので、紹介します。

↓納経所
金剛頂寺19・納経所.JPG

↓御朱印
金剛頂寺20・朱印.JPG
↑西寺と書かれています。

↓大師像
金剛頂寺22・大師像.JPG

↓大師像の後ろに「空海の歌碑」
金剛頂寺23・空海句碑.JPG

↓大師堂の後ろの壁面には「天狗問答」がはめられています
金剛頂寺24・天狗問答.JPG
↑弘法大師が19歳の頃、求聞持法の修行中に金剛頂寺(26番札所)を訪れた。ところが、楠の巨木の空洞に天狗が巣くっていて、人々に悪事を働き、弘法大師の修行の邪魔ばかりする。そこで、弘法大師は天狗たちと問答し、火炎の術で西方の足摺岬へと追い払った。そして、再び天狗たちが戻ってこないように、自分の像を彫って楠の空洞に納めた。通常は南向きであるはずの大師堂が、金剛頂寺で西を向いて建っているのは、この逸話が理由といわれている。

↓ヤッコソウと捕鯨八千頭精霊供養塔
金剛頂寺25・ヤッコソウ、捕鯨供養塔.JPG
↑奴草は境内に自生する天然記念物。鯨の供養塔があり、別名「クジラ寺」ともいわれる。
鯨供養の梵鐘とともに、捕鯨八千頭精霊供養塔が二基ある。名砲手として八千頭を超える鯨を捕獲した泉井守一の建立。もう一基の供養塔は、やはり名砲手である山下竹弥太の建立。

↓ヤッコソウについて
金剛頂寺26・ヤッコソウ.JPG

↓稚児大師尊像
金剛頂寺27・稚児大師尊像.JPG

↓智光上人御廟
金剛頂寺28・智光上人御廟.JPG
↑『弘法大師伝』では、「世に隠れたる聖人二人あり。一人は大和室生寺(むろうじ)の堅慧(けんね)大徳、一人は金剛頂寺の智光上人。堅慧は智恵の第一人、智光は行力第一の聖人」と記されている。承和2年(835年)3月21日、空海が高野山にて入定したのを知り、同年、4月21日この地にて入滅した。

↓霊宝殿
金剛頂寺29・霊宝殿.JPG
↑収蔵する木造阿弥陀如来坐像、板彫真言八祖像、銅造観音菩薩立像、金銅密教法具、金銅旅壇具、銅鐘、金剛頂経などはすべて国指定重要文化財。

↓一粒万倍の釜
金剛頂寺30・一粒万倍の釜.JPG
↑大師が炊いた米が一万倍に増え、人々を飢えから救ったという。

↓がん封じの椿御霊木
金剛頂寺31・がん封じの椿御霊木.JPG
↑今は枯れてしまっていますが、枯れた今もその木の幹が飾られています。この「がん封じの椿御霊木」の幹はコブがボコボコしており、このボコボコしているコブが癌の様に見える為、そこから「がん封じの椿」と呼ばれるようになったそうです。お守りも授与しているそうです。

↓本坊方面には進入禁止。見えているのは弁財天堂
金剛頂寺34・本坊方面.JPG

※14時08分に26番金剛頂寺の駐車場を出発し、25番津照寺に向かいました。

=======================================

◎イチロー、今季残り出場せず 特別アドバイザーに就任
https://www.asahi.com/articles/ASL5435PML54UTQP004.html
↓(朝日新聞デジタル)
大リーグで歴代21位の通算3089安打を放ったマリナーズのイチロー外野手(44)=本名・鈴木一朗(すずき・いちろう)=が球団の特別アドバイザーに就任し、選手としては今季の残り試合に出場しないことが3日、複数の球団関係者の話で分かった。ベンチ入りの25人枠から外れるが、球団と生涯契約を結んでチームに同行し、練習しながら選手らをサポートする。来季以降は試合出場も可能という。米国時間3日(日本時間4日)に発表される。
 関係者によると、メジャーでも極めて異例の契約内容。本人は従来50歳までの現役続行を公言するなどプレーをする意欲は高く、来季以降にマリナーズの一員として故障者が出た場合などに選手としてプレーする可能性があるという。この契約を結ぶことで日本球界に戻る可能性はなくなった。
マリナーズは4日(日本時間5日)から本拠地シアトルでエンゼルス3連戦を予定しているが、大谷翔平(おおたに・しょうへい)選手との対戦もなくなった。
 イチロー外野手は昨季限りでマーリンズからフリーエージェント(FA)となり、2012年途中まで在籍したマリナーズに6年ぶりに復帰。大リーグ現役最年長野手で、今季は控え外野手としてチームの29試合のうち15試合に出場。先発出場したのは13試合で、9安打、打率2割5厘にとどまった。
 プロ野球オリックスからメジャー移籍した01年にア・リーグの最優秀選手(MVP)などに選ばれ、オールスター戦には10年連続で選出された。

======================================

◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・10・11・・・計・・・(安打)甲子園、14:00、46,636人
中日:001・000・000・0・4・・・5・・・(9)
阪神:000・100・000・0・0・・・1・・・(9)

【マルチ安打】上本3、俊介2
【盗塁】植田(1回)、上本(5回)
【失策】山崎(11回)
【投手】
・高橋遥  6回、24人:5安打、3三振、2四球、1失点
H モレノ  1回、4人:1安打、無三振、無四球、無失点
H 桑原   1回、4人:無安打、2三振、1四球、無失点
H ドリス  1回、4人:1安打、1三振、無四球、無失点
H 岩崎   1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点
● 藤川  3分の2、6人:1安打、無三振、2四球、4失点(自責0)(1勝1敗)
高橋聡 3分の1、2人:1安打、無三振、無四球、無失点
・小笠原  6回、26人:6安打、2三振、3四球、1失点(自責0)
○ 谷元   1回、3人:無安打、1三振、無四球、無失点(2敗)

※阪神の得点は併殺崩れの1点のみ。再三チャンスがあったがタイムリー安打が出ず。
守備固めに入った山崎一塁手のエラーから始まり、藤川の連続四球による押出で勝ち越された。
藤川は前回に続き、四球の連発を出す、制球の悪い投手になってしまった。
※上本の3試合連続猛打賞はマートン以来4年ぶりの記録。球団記録は4試合連続。
※鳥谷は史上51人目の通算2.000試合出場。球団では3人目。
※勝率は、5割となり、3位に下がりました。

###################################
nice!(19)  コメント(5) 
共通テーマ:旅行

26番札所・金剛頂寺(2)、 [四国八十八]

5月4日(金)   【柴犬「はな」と行く四国遍路の旅(高知編)】を連載中です。
今回は、26番・金剛頂寺の続きです。

◎26番 金剛頂寺(こんごうちょうじ)
住所:高知県室戸市元乙523
電話:0887-23-0026
駐車場:200円
http://kongochoji.jp/
宗派:真言宗豊山派。本尊:薬師如来。山号:龍頭山
創建:大同2年(807)。開基:弘法大師(空海)、嵯峨天皇(勅願)
正式名:龍頭山 光明院 金剛頂寺。 別称:西寺
札所:四国八十八ヶ所26番

【歴史・由来】
室戸岬から海岸沿いに西北に向かうと、土佐湾につき出した小さな岬がある。硯が産出するので硯が浦ともいわれる「行当岬」である。その岬の頂上、原始林の椎に覆われて静寂さがただよう境内が金剛頂寺であり、室戸三山の一寺院として「西寺」の通称でも親しまれている。朱印も「西寺」と捺される。当寺から4kmのところに女人堂と呼ばれる不動堂がある。若き弘法大師はこの間を毎日行き来し修行した霊地であり、行道したことから、「行当」はその名残かもしれない。縁起によると、大師が平城天皇(在位806〜9)の勅願により、本尊の薬師如来像を彫造して寺を創建したのは大同2年と伝えられている。創建のころは「金剛定寺」といわれ、女人禁制とされて、婦女子は行当岬の不動堂から遙拝していたという。
次の嵯峨天皇(在位809〜23)が「金剛頂寺」とした勅額を奉納されたことから、現在の寺名に改め、さらに次の淳和天皇(在位823〜33)も勅願所として尊信し、住職は第十世まで勅命によって選ばれており、以後、16世のころまで全盛を誇った。
室町時代に堂宇を罹災したこともあったが復興ははやく、長宗我部元親の寺領寄進や、江戸時代には土佐藩主の祈願所として諸堂が整備されている。昭和になって注目されるのは正倉院様式の宝物殿「霊宝殿」の建立である。平安時代に大師が各地を旅したときの「金銅旅壇具」は、わが国唯一の遺品であり、重要文化財が数多く収蔵されている。

↓配置図
金剛頂寺9・配置図.jpg

↓仁王門
金剛頂寺4・仁王門.JPG
金剛頂寺7・仁王門.JPG
33段の女坂、42段の男坂。61段の厄除坂の石段を上がると仁王門がある。魔物を退散させる大草鞋が掛けられ、その奥から仁王が睨みつけている。

↓大藁草履                   ↓仁王像
金剛頂寺5・大草鞋.JPG 金剛頂寺6・仁王像.JPG

↓仁王門の右側に「接待所」があります
金剛頂寺21・接待所.JPG

↓仁王門からこの石段を上がると広い境内に出ます
金剛頂寺8・仁王門から.JPG

↓境内に出ると、左側に「手水舎」があります
金剛頂寺11・手水舎.JPG

↓正面に見えるのが「本堂」です
金剛頂寺10・境内.JPG

↓右側に「鐘楼」があります
金剛頂寺12・鐘楼.JPG
天皇の御願による勅命を持って建立された勅願寺の軌跡は、鐘楼堂の六本柱に見られる。梵鐘は先の戦争で供出して無かったが、昭和35年(1960年)室戸を代表する捕鯨人で、大洋漁業取締役の泉井守一(いずいもりいち)により寄進された。現在の鐘楼堂は平成15年(2003年)に室戸の船大工によって建てられた。

★本堂
仁王門から21段の石段を上がった所に本堂がある。昭和57年(1982年)、檀家、信徒の寄進により、創建当時の本堂を京都の神護寺(じんごじ)に残されていた資料をもとに再建した。本瓦葺き、入母屋造りの建物である。堂内は、須弥壇(しゅみだん)を設け、中央の厨子内に本尊の薬師如来を祀っている。本堂再建後の昭和59年(1984年)に、前立の薬師如来、脇侍(わきじ)の日光、月光菩薩、不動明王を安置した。十二神将は、本堂再建より二十余年の歳月を経て完成に至った。厨子のなかの本尊の薬師如来は秘仏。御開帳は、毎年、大晦日より初薬師の法要がある1月8日まで。
金剛頂寺13・本堂.JPG
金剛頂寺14本堂.JPG

↓本堂の外陣天井
金剛頂寺15・本堂外陣天井.JPG

↓本堂の内陣
金剛頂寺16・本堂内陣.JPG


★大師堂
金剛頂寺18・大師堂.JPG
現在の大師堂は、寛文5年(1665年)、江戸時代に再建したもの。本尊は、弘法大師作と伝わる、秘仏、弘法大師半躰(はんたい)像である。鎌倉時代、京都の神護寺(じんごじ)を復興する際、この弘法大師像を模刻したと記録が残っている。御開帳は、正御影供の旧暦3月21日。

※次回に続きます。

======================================

◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)甲子園、14:00、46,596人
DeNA:100・000・010・・・・2・・・・(8)
阪 神:000・020・20×・・・・4・・・・(7)

【マルチ安打】上本3、糸原2
【打点】上本4
【盗塁】上本(3回)
【投手】
○メッセンジャー 7回、28人:6安打、6三振、1四球、1失点(5勝1敗)
H 桑原   1回、5人:2安打、2三振、無四球、1失点
S ドリス  1回、4人:無安打、無三振、1四球、無失点(1敗10S
● 東   6回、23人:4安打、4三振、1四球、2失点(2勝2敗)

※阪神は糸井・ロサリオ・福留のクリーンナップが無安打でしたが、上本の大活躍と、メッセンジャーの粘投により、3連勝し2位に浮上しました。2位といっても貯金は1で、首位の広島の貯金9には遠くに及びません。

GWの特別仕様 甲子園のスコアボードを平仮名表記に
(デイリースポーツより)
スタメン発表からスタンドが沸いた。ゴールデンウィーク期間の試みとして昨年に続き、甲子園のスコアボードが、外国人選手を除いて平仮名表記になった。「うえもと」「うえだ」「いとい」など、普段とは違う表記にファンは大歓声。
 また、「野球を身近に」をテーマに、野球ボールデザイン「KIDSショルダーバッグ」のプレゼントや、球場外周に「野球体験ブース」の設置など、多数のイベントを実施。打席ごとに選手の「こどもの頃夢中になったもの」がビジョンに映され、上本は「サッカー」、植田は「ポケモン」、糸井は「サッカーとバスケ」など、選手の新たな一面を紹介していた。

########################################

nice!(26)  コメント(7) 
共通テーマ:旅行

柴犬「はな」と行く四国遍路の旅(高知編)1【26番金剛頂寺1】、トニー賞ノミネート [四国八十八]

5月3日(木)   4月21日より3泊4日で、四国遍路の旅に行ってきました。今回も柴犬「はな」を連れて、高知県の札所を巡ってきました。これから長い連載となりますが、【柴犬「はな」と行く四国遍路の旅(高知編)】を数回に分けてアップしていきます。

↓全体のスケジュール表
四国1・スケジュール.jpg

【4月21日(土)】
自宅を7時57分に出発し、中国自動車道・山陽自動車道・明石海峡大橋・淡路鳴門自動車道を走り、9時33分に淡路島南PAに到着、12分間休憩後、徳島自動車道・国道55号線をはしり、12時10分に道の駅・穴喰温泉に到着しました。ここでランチを食べました。

★道の駅・穴喰温泉
住所:徳島県海部郡海陽町久保字板取り219-6
電話:0884-76-3442
http://kaiyo-kankou.jp/index.php/play2t/mitinoekishishikui

四国4・穴喰.JPG
四国10・道の駅レストラン.JPG

↓建物の陰に「はな」をつなぎました。
四国5・はな.JPG

↓妻が食べた「まぐろ丼」
四国6・まぐろ丼.JPG
四国7.JPG

↓私が食べた「鰹酒盗丼」
四国8・鰹酒盗丼.JPG
四国9.JPG

↓ここで道の駅スタンプ帳を購入しました
四国2・道の駅スタンプ帳.jpg

四国3・穴喰温泉.jpg

12時44分、道の駅を出発し、国道55号線を走りました。高知県の最初の札所は24番最御崎寺ですが、この日の宿泊地の関係で、26番金剛頂寺から回ることにしました。

13時39分に「金剛頂寺」の駐車場に到着。
金剛頂寺33・地図.jpg   金剛頂寺32・配置図.jpg

◎第26番 金剛頂寺(こんごうちょうじ)
住所:高知県室戸市元乙523
電話:0887-23-0026
駐車場:200円
http://www.88shikokuhenro.jp/kochi/26kongochoji/
宗派:真言宗豊山派。本尊:薬師如来。山号:龍頭山
創建:大同2年(807)。開基:弘法大師(空海)、嵯峨天皇(勅願)
正式名:龍頭山 光明院 金剛頂寺。 別称:西寺
札所:四国八十八ヶ所26番
由緒・歴史は次回に掲載します。

↓駐車場
金剛頂寺1・駐車場.JPG

↓駐車場から参道入口
金剛頂寺2.JPG

↓厄坂の石段を上って仁王門に向かいます
金剛頂寺3.JPG

※次回に続きます。

========================================

◎第72回トニー賞:「アナ雪」が3部門、「ハリポタ」が10部門にノミネート
http://artconsultant.yokohama/2018-72tonyawards/
↓(MANTANより)
6月11日に授賞式が行われる米国演劇界の祭典「第72回トニー賞」のノミネーション作品が1日、発表された。「アナと雪の女王」が作品賞、ミュージカル脚本賞、オリジナル楽曲賞の3部門に、「ハリー・ポッターと呪いの子」が作品賞や主演男優賞、助演男優賞など10部門にノミネートされている。
 この2作品の対抗として注目されているのが、2007年公開のイスラエル映画が原作の「迷子の警察音楽隊」で、作品賞、主演男優賞、主演女優賞など11部門にノミネート。また、人気アニメを舞台化した「スポンジ・ボブ/スクエアパンツ」が作品賞、主演男優賞、助演男優賞、脚本賞など12部門、05年に公開されたコメディー映画が原作の「ミーン・ガールズ」が作品賞、主演女優賞、助演女優賞、脚本賞など12部門にノミネートされている。
 授賞式の模様は、WOWOWプライムで6月11日午前8時から「生中継!第72回トニー賞授賞式」として同時通訳で生放送。WOWOWスタジオ・ナビゲーターとして俳優の井上芳雄さん、アイドルグループ「乃木坂46」の生田絵梨花さん、WOWOWトニー賞・アンバサダーとして演出家の宮本亜門さんが出演する。字幕版は同16日午後7時からWOWOWライブで放送。

#####################################
nice!(23)  コメント(8) 
共通テーマ:旅行

第2回はなと行く四国遍路10「65番・三角寺」、デ杯WG日本王手 [四国八十八]

9月16日(土)   只今、昨年9月の四国遍路の旅を連載中です。今回は最終回です。
昨年9月20日(火)は台風16号が鹿児島に上陸して、台風圏にあるなかを遍路を強行しました。
8時50分に66番札所「雲辺寺」を出発し、9時45分に65番札所「三角寺」の駐車場に到着。
風雨が激しいので、ここでも「はな」を車の中に留置き、私達だけで参詣しました。

◎第65番札所「三角寺」 (さんかくじ)
住所:愛媛県四国中央市金田町三角寺甲75
電話:0896-56-3065
http://www.88shikokuhenro.jp/ehime/65sankakuji/
http://www.ku-kai.org/88_65.html
山号:由霊山。院号:慈尊院。宗派:高野山真言宗。本尊:十一面観音(伝・弘法大師作)
創建:天平年間(729~749)。開基:行基
札所:四国八十八個所65番
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
ご詠歌:おそろしや 三つの角にも 入るならば 心をまろく 慈悲を念ぜよ

【歴史】Wikiより
寺伝によれば天平年間(730年‐749年)に聖武天皇の勒願により行基が開基したとされる。空海(弘法大師)が来訪した際、本尊である十一面観世音と不動明王を刻み、三角形の護摩壇を築き21日間降伏の秘法を施したとされる。三角寺の寺号はこの護摩壇に由来する。境内には三角の池が残り、そのときの名残とされる。嵯峨天皇が本尊を深く信仰し、寺領300町歩を下賜し、堂塔を建造したとされ、往時は12坊を持ち、七堂伽藍を備えていたという。
天正9年(1581年)の長宗我部元親軍の兵火で焼失し、現在の建物は嘉永2年(1849年)に再建されたものである。

三角寺1.JPG

↓駐車場
三角寺2・駐車場.JPG
↑民営で普通乗用車は、200円円。

↓73段の石段を上って山門(鐘楼門、仁王門)に向かいます
三角寺3・石段.JPG

↓山門(釣鐘が架かる仁王門)
三角寺4・山門.JPG
三角寺5・山門.JPG

↓金剛力士像
三角寺6・仁王.JPG三角寺7・仁王.JPG

↓山門の裏側
三角寺8・山門裏から.JPG

↓山門の傍に賓頭盧さん
三角寺9・賓頭盧.JPG

↓納経所
三角寺10・納経所.JPG

↓御朱印
三角寺11・朱印.JPG

↓三角池と弁財天堂
三角寺12・三角池と弁財天.JPG
↑池の中に三角形お島があり、七福神の女神である弁財天が祀られている。

↓薬師堂
三角寺13薬師堂.JPG

↓大師堂
三角寺14・大師堂.JPG
三角寺15・大師堂.JPG
↑本尊を十一面観世音にする前は、弥勒如来が本尊で、大師堂の中央に鎮座。大師堂は往時、山を越えた仙龍寺だったが、分離した時に弥勒堂を大師堂とした。大師像は向かって右側に鎮座。

↓延命地蔵尊
三角寺16・延命地蔵尊.JPG
↑昭和52年再建、高さ7m銅造。

↓本堂
三角寺17・本堂.JPG
三角寺18・本堂.JPG
↑本尊の木造十一面観世音立像(県指定有形文化財)は、子安観音として厄除観音としても信仰され、60年に一度開帳される秘仏です。
現在の本堂は嘉永2年(1849)再建され、昭和46年修復されている。

↓本堂内陣
三角寺19・本堂内陣.JPG

↓手水舎
三角寺20・手水舎.JPG

↓小林一茶の句碑
三角寺21・一茶句碑.JPG
↑小林一茶が寛政7年(1795)に訪れた時に「これでこそ 登りかひあり 山桜」と詠まれた。樹齢300年から400年の桜が爛漫となる名所。

↓庫裏
三角寺22・庫裏.JPG

※10時10分に慌ただしく三角寺を出発し帰途につきました。台風の影響で神戸淡路鳴門道が通行止めの情報がありましたので、瀬戸大橋経由で帰りました。瀬戸大橋を渡り越した時には、ほっと一安心しました。
今回の四国遍路には、「はな」も連れて行ったが、旅行中ほとんど雨ばかりで、「はな」の出番が少なかったです。

2016年9月19日~20日に実施した第2回はなと行く四国遍路の旅のブログ一覧
1.第71番・弥谷寺:2017年8月19日掲載
2.第71番・弥谷寺2:2017年8月20日掲載
3.第70番・本山寺:2017年8月24日掲載
4.第70番・本山寺2、高良神社:2017年8月25日掲載
5.本場かなくま餅「福田」:2017年8月26日掲載
6.第69番・観音寺:2017年8月31日掲載
7.第68番・神惠院:2017年9月1日掲載
8.道の駅「ことひき」、琴弾八幡宮:2017年9月7日掲載
9.琴弾八幡宮2:2017年9月8日掲載
10.第67番・大興寺:2017年9月9日掲載
11.民宿・白地荘:2017年9月11日掲載
12.第66番・雲辺寺:2017年9月13日掲載
13.第66番・雲辺寺2:2017年9月14日掲載
14.第65番・三角寺:2017年9月16日掲載

=======================================

◎日本は杉田、添田がそろって勝利 デ杯入れ替え戦
↓(朝日新聞デジタルより)
テニス・国別対抗戦デビス杯ワールドグループ(WG)入れ替え戦(3戦先勝方式)、日本―ブラジルの第1日は15日、大阪・靱テニスセンターでシングルス2試合があり、日本は杉田祐一(三菱電機)と添田豪(GODAI)が勝って2勝とし、WG残留に王手をかけた。
 第1試合は世界ランク42位の杉田が同244位のギリェルミ・クレザルを6―2、7―5、7―6で下した。第2試合は同139位の添田が、同116位のチアゴ・モンテイロに3―6、6―4、6―3、6―7、6―4で競り勝った。
 第2日はダブルス1試合があり、初代表でニュージーランド出身のマクラクラン・ベン、内山靖崇(北日本物産)組が出場する。

##########################################
nice!(26)  コメント(8) 
共通テーマ:旅行

第2回はなと行く四国遍路9「66番・雲辺寺2」 [四国八十八]

9月14日(木)   只今、昨年9月の四国遍路の旅を連載中です。今回は、台風接近中に強行した「雲辺寺」の記事の続きです。

◎第66番札所・雲辺寺うんぺんじ
http://www.88shikokuhenro.jp/kagawa/66unpenji/
八十八箇所中で最も標高が高い札所である。寺伝によれば、789年(延暦8年)に佐伯真魚(後の空海・弘法大師)が善通寺建立のための木材を求めて雲辺寺山に登り、この地を霊山と感得し堂宇を建立したことを起源とする。空海はまた、807年(大同2年)には秘密灌頂の修法を行い、さらに818年(弘仁9年)に嵯峨天皇の勅命を受けて本尊を刻んで、七仏供養を行ったという。後に「四国高野」と呼ばれ、僧侶の修業道場となり、貞観年間(857年から877年)には清和天皇の勅願寺ともなった。 1098年(承徳2年)火災で全山消失するも、その後に鹿を追って当地に入った猟師米成は樹上に現れた観音菩薩の威厳にうたれ発心し堂宇の再建を果たした。 平安末期の中興の祖と云われるにふさわしい願西上人が住職のとき、現存する本尊千手観音と毘沙門天が造られた。 鎌倉時代には、阿波守護の佐々木経高(経蓮)の庇護を受け、七堂伽藍が整えられ関所寺であった。 1311年(応長元年)には、京都西園寺家により寺領が寄進される。 1363年(貞治2年)には足利氏より法華経真読を依頼される。 1577年(天正5年)に土佐を統一し、四国制覇を狙う土佐の戦国大名・長宗我部元親が雲辺寺を訪れ、住職の俊崇坊に四国統一の夢を語ったという。
1987年(昭和62年)には香川県観音寺市側の山麓と雲辺寺ロープウェイによって結ばれ、訪れやすい寺となった。(以上はWikiより)

【雲辺寺裏山問答】
長宗我部元親が雲辺寺を訪れた際、眼下に広がる讃岐や伊予の平野を望み四国制覇の野望を当時の住職俊崇坊に打ち明けると、「あなたの器は土佐一国の主だ。それが四国の主になろうとは、茶釜の蓋で水桶の蓋をするようなもの。今は兵を引いて土佐へ帰り、領民を愛するが良い」と裏山問答と言い、手段を選ばぬ元親が、住職の言うことを聞き雲辺寺が戦禍を免れたと伝えられています。

雲辺寺3・案内図.JPG

↓大師堂
雲辺寺20・大師堂.JPG
雲辺寺21・大師堂.JPG

↓観音さま
雲辺寺22・観音様.JPG

↓昔ばなし
雲辺寺23・観音昔ばなし.JPG

↓五社大権現
雲辺寺24・五社大権現.JPG

↓水子地蔵尊
雲辺寺25・水子地蔵尊.JPG

↓納経所
雲辺寺26・納経所.JPG

↓御朱印
雲辺寺2・朱印.JPG

↓水堂
雲辺寺27・水堂.JPG

↓本堂
雲辺寺28・本堂.JPG
雲辺寺29・本堂.JPG

↓護摩堂
雲辺寺30・護摩堂.JPG

↓おたのみなす
雲辺寺31・おたのみなす.JPG
雲辺寺32・おたのみなす.JPG
雲辺寺36・おたのみなす.jpg
↑「なす」と「成す」をかけて、努力が認められて願いが叶えられると言われています。

↓本坊
雲辺寺33・本坊.JPG

↓庭
雲辺寺34・庭.JPG

↓お守り授与所
雲辺寺35・お守授与所.JPG

※台風の中、参詣したのは私達を含め3名だけでした。同じ道を歩いて駐車場へ戻りました。
8時50分に駐車場を出発し、次の65番札所「三角寺」へ向かいました。

========================================

◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)甲子園、18:00、43,955人
巨人:060・100・000・・・・7・・・・(15)
阪神:000・000・002・・・・2・・・・(11)

【本塁打】糸井14号2ラン(9回、篠原)、マギー16号3ラン(2回、岩田)
【マルチ安打】上本3、大和3
【打点】糸井2
【失策】大和(2回)、大山(4回)
【投手】
●岩田   3回、20人:8安打、3三振、2死四球、6失点(2勝1敗)
・榎田   3回、15人:5安打、3三振、1四球、1失点
・石崎   1回、3人:1安打、無三振、無四球、無失点
藤川   2回、7人:1安打、3三振、無四球、無失点
○吉川   6回、27人:8安打、4三振、1四球、無失点(1勝2敗)

※岩田投手は藤浪病が伝染したのか、2回死球後崩れました。
阪神は攻守とも拙かったですね。上手く守っていれば、2回は1失点で済んでいました。
※これで巨人が3位に上がってきました。広島はマジックを「2」とし、阪神と巨人の差は、5.5となりました。巨人との対戦成績は、阪神の8勝12敗1分となりました。

#######################################
nice!(21)  コメント(10) 
共通テーマ:旅行
前の10件 | - 四国八十八 ブログトップ