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心眼寺(大阪市天王寺区)、W杯最終予選の初戦破れる [寺院]

9月2日(金)   先日、仕事で近くに行ったので、NHK大河ドラマ「真田丸」で脚光を浴びている「心眼寺」に立ち寄りました。
「三光神社」同様、こちらも真田丸の一角とされる寺院。三光神社が真田丸の東側ならば、心眼寺は西側に位置している。(三光神社のブログ記事は、こちら

↓地下鉄・玉造駅の構内
玉造駅.jpg

◎心眼寺 (しんがんじ)
住所:大阪市天王寺区餌差町2-22
電話:06-6764-0630
山号:真田山。創建:元和8年(1622)。開基:白牟和尚。定紋:六文銭
大阪新四十八願所阿弥陀巡礼第11番。真田信繁(幸村)の墓。

元和8年に白牟和尚が、真田幸村とその子・大助の冥福を祈るために創建された。しかし、当時の大坂は徳川幕府の直轄地でもあり、豊臣勢の武将である真田幸村父子の墓を作ることが許されなかった。そして、大坂冬の陣から400年目である平成26年(2014)にこの墓が完成した。

↓心眼寺の正面
心眼寺2・正面.JPG

↓山門
心眼寺3・山門.JPG
↑山門の向かって右側前に「真田幸村出丸城跡」の石碑。左側前に「京都見廻組」墓所の石碑。

↓山門の扉には、真田家と同じ六文銭の定紋
心眼寺4・扉の定紋.JPG

↓真田幸村の墓(真田左衛門佐豊臣信繁之墓)
心眼寺5・真田幸村の墓.JPG
↓説明板
心眼寺6・説明板.JPG

↓本堂
心眼寺7・本堂.JPG
↓墓地から本堂を見る
心眼寺8・本堂.JPG

↓本尊の阿弥陀仏座像
心眼寺1・本尊.png
↑空襲により焼失したあと、江戸期制作と推測される阿弥陀仏立像を奉ってきたが、平成15年(2003)あらたな座像を奉安。

↓本堂の左前にある「京都見廻組の墓碑」
心眼寺9・京都見廻組.JPG
↓説明板
心眼寺10・説明板.JPG
↑坂本龍馬を殺害した有力候補者である京都見廻組の桂早之助・渡辺吉太郎・高橋安次郎の墓所。平成27年に大阪市顕彰史跡に指定。

↓香月観世音菩薩
心眼寺11・香月観世音菩薩.JPG

↓地蔵堂
心眼寺12・地蔵堂.JPG
↓「まんなおし地蔵」
心眼寺13・まんなおし地蔵尊.JPG
↑間の悪さを直してくれる地蔵さま。

※境内には、真田幸村鎧掛けの松の木があったが、1945年の大阪大空襲により堂宇ともども焼失。

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◎全米オープンテニス(2回戦)

↓(朝日新聞デジタルより)上位シード選手が破れる波乱の展開
テニスの全米オープン第3日は31日、ニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターで女子シングルス2回戦があり、初出場で18歳の大坂なおみが世界ランキング103位の段瑩瑩(中国)を6―4、7―6で破り、3回戦に進んだ。全仏女王で第3シードのガルビニェ・ムグルサ(スペイン)はアナスタシア・セバストワ(ラトビア)にストレート負けした。

 男子シングルス2回戦では、ウィンブルドン準優勝で第5シードのミロシュ・ラオニッチ(カナダ)が、世界120位のライアン・ハリソン(米)に敗れた。

 女子ダブルス1回戦では、穂積絵莉(エモテント)、加藤未唯(佐川印刷)がマグダ・リネッテ(ポーランド)、王薔(中国)組を6―4、6―2で破った。日比野菜緒(ルルルン)、ニコル・ギブズ(米)組もマリアナ・デュケマリーノ(コロンビア)、モニカ・プイグ(プエルトリコ)組に競り勝った。青山修子(近藤乳業)、二宮真琴(橋本総業)組、土居美咲(ミキハウス)、バーバラ・レプチェンコ(米)組はともにストレートで敗れた。

 男子シングルスで第6シードの錦織圭(日清食品)と世界95位のカレン・ハチャノフ(ロシア)の2回戦は1日の第1試合(日本時間2日午前0時開始)に決まった。

大坂 なおみ   6-4、7-6   ●ドゥアン・インイン(CHN)

※大坂なおみは、今年の全豪・全仏・全米とメジャー3連続2回戦突破、今後が期待されます。

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◎W杯アジア最終予選の初戦をホームで落とす

↓(日刊スポーツより)
<W杯アジア最終予選:日本1-2UAE>◇B組◇1日◇埼玉
 6大会連続のW杯出場を目指す日本(FIFAランク49位)がUAE(同74位)に敗れ、初戦を落とした。
 前半11分にFW本田圭佑(30=ACミラン)のゴールで先制したが、同20分に追いつかれ、後半9分にPKを決められ勝ち越された。その後攻撃的な選手を次々と投入し、後半32分には途中出場のFW浅野拓磨(21=シュツットガルト)のシュートがゴールラインを割ったかにも見えたが、判定はノーゴール。追いつくことができなかった。
 最終予選がホームアンドアウェー方式となった98年フランス大会以降、予選を勝ち抜いた延べ18カ国の初戦成績は13勝5分けと負けなし。黒星スタートでW杯に出場した例はなく、ハリル日本にとっては試練の船出となった。
 日本の次戦は6日、アウェーでタイと対戦する。

※それにしても酷い審判でしたね。

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龍門寺Ⅰ(姫路市網干区)、日本ダービー、5割3位で交流戦を迎える [寺院]

5月30日(月)    網干地区観光の最後は、龍門寺です。(撮影は5月4日)

◎龍門寺 (りょうもんじ)
住所:兵庫県姫路市網干区浜田812
電話:079-272-1276
山号:天徳山。創建:寛文元年(1661)。開山:盤珪永琢国師(1622-93)
宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:十一面観世音菩薩坐像。揖保西国第十番札所
http://www.ryomonji.jp/index.html
【沿革】
当寺は、臨済宗妙心寺派の禅刹で、「不生禅」を説かれた盤珪国師の根本道場として寛文元年
(1661)に創建され、当時の遺構をそのままに350年の法灯を持続している。
開創に当たり、京極高豊候(丸亀藩主)は、方六十間境内用地を寄付され、この地の富豪、佐々木
道弥、正意、道珠の兄弟は巨資を投じて創建に尽力した。又、民衆も献身的な奉仕に依り土木の役
に当たって造営に尽力する。次いで延宝元年(1673)大方丈、禅堂寺が完成して一層壮麗を加えて
播州随一の大叢林となる。
元禄三年(1690)に下された東山天皇の宸輸にも「龍門の巨寺、宗風を播陽に起す。」と仰せられており、郷土の誇りとする寺院である。
主要伽藍は江戸初期から中期の建造物で、創建当時のようすを今に伝えています。
大茶碗の「献茶会」は知られていますが、とりわけ諸外国の人たちにも参加する坐禅会や河野老大師の説法は禅の道を解き明かし、心を和ませるなど、多彩な行事も行われています。
当寺には、県指定文化財の木造千手観音立像等の仏像や狩野派の襖絵43面、盤珪国師関係資料103点が収められています。
【盤珪永琢国師】
http://www.ryomonji.jp/bankeisan.html
国師は17歳で出家。厳しい修行を重ね、インド、中国にも見られない新しい禅思想「不生禅」を説いた江戸時代初期の禅僧です。示寂されるまで江戸、四国、九州の各地を巡錫されましたが、廃寺を復興した寺47ヶ寺、開山した寺150ヶ寺、出家の弟子400余名、在家の弟子50,000余名に及んでいます。寛文11年妙心寺住持となり、のち「禅師」と「国師」の称号が贈られ、東の白隠、西の盤珪とも称され、人びとから「盤珪さん」と呼び慕われました。

↓境内図
龍門寺1・地図.jpg

↓西側の川の堤寄りにある駐車場より伽藍を見る
龍門寺2・西側駐車場より伽藍を見る.jpg

↓南側の正面から伽藍を見る
龍門寺3・南側から見る.jpg

↓大門
龍門寺4・大門.jpg
↑延宝8年(1680)建立。

↓門前の説明版
龍門寺5・説明板.jpg

↓水掛一願不動尊(水掛堂)
龍門寺6・水掛堂.jpg
龍門寺7・水掛堂.jpg
↑不動堂の空海作の不動尊の分身として製作されたもの。

↓水子地蔵尊
龍門寺8・水子地蔵尊.jpg

↓中門
龍門寺9・中門.jpg

↓庫裡と玄関
龍門寺10・庫裡と玄関.jpg
↑庫裡は延宝3年(1675)建立。

↓大方丈前の庭園(通玄庭)
龍門寺11・大方丈前の庭園.jpg
龍門寺・通玄庭.jpg
↑白砂の石は不動心をもたらし、彼岸へ誘う石橋が渡されています。(写真はサイトより)

↓説明版
龍門寺12・大方丈説明板.jpg

↓大方丈(市重要文化財)
龍門寺13・大方丈.jpg
↑伝・安永元年(1772)再建。
龍門寺の本堂にあたる建造物。延宝元年の創建で、現在の建物は安永元年に再建された。
正面の寺号額は盤珪国師の直筆で、本尊の十一面観世音菩薩坐像や達磨大師の像も国師の作とされている。また、狩野常信、周信、興信、惟信の「木挽町狩野派」4人の襖絵(43面)が一同に装られている。

↓狩野常信の襖絵の部分                              ↓千手観世音菩薩坐像
龍門寺・常信1.jpg龍門寺・常信2.jpg龍門寺・十一面観世音.jpg

※次回に続きます。

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◎第83回日本ダービー

日本ダービーは、東京競馬場の2400メートルの芝のコースで行われ、18頭が出走しました。
3番人気のマカヒキは中団でレースを進め、最後の直線で2番人気のサトノダイヤモンドとの激しい競り合いを僅かの差で制しました。皐月賞を制して1番人気だったディーマジェスティが3着でした。
【結果】
1着:マカヒキ       川田騎手・3番人気
2着:サトノダイヤモンド ルメール・2番人気
3着:ティーマジェスティ 蛯名騎手・1番人気


1着賞金:2億円。 (配当)単勝:400円。枠連:700円。3連単:4,600円

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・・計・・・・・(安打)  東京ドーム、 14:00、 44,384人
阪神:000・100・000・・・・・1・・・・・・(4)
巨人:002・000・00×・・・・・2・・・・・・(6)

【本塁打】鳥谷4号ソロ(4回、高木)、坂本10号ソロ(3回、メッセンジャー)
【マルチ安打】鳥谷2
【打点】鳥谷1
【投手】
メッセンジャー 8回、32人:6安打、7三振、3四球、2失点(4勝4敗)
○高木    7回、24人:3安打、7三振、無四球、1失点(4勝4敗)
S澤村    1回、4人:1安打、2三振、無四球、無失点(3勝12S)

※メッセンジャーは、これで4試合勝利なしです。阪神は貧打に逆戻り?
※勝率5割で、セパ交流戦に突入です。交流戦の成績が大きく影響するので、何とか5割をキープしてほしいですね。

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妙法院門跡Ⅰ(京都市)、 ジョコビッチ3連覇 [寺院]

11月18日(火)      11月初旬に3連休がありました。これを利用して東京在住の妻の友人の家族一家が来阪しました。この家族には小2と小4の息子さんがいて、4人での旅行でした。
10月31日(金)夕方、新幹線で大阪まで来て、その晩は大阪駅近くのホテルに宿泊しました。
そして11月1日(土)はユニバーサルスタジオジャパン(USJ)へ開園時間前から行ったそうです。そして一日中USJで遊んだそうです。やはり子供達は、ハリーポッターが気に入ったようです。この夜遅く、彼らは我家で宿泊しました。
11月2日(日)は、彼等4人だけで、奈良観光しました。奈良公園、大仏殿、二月堂、興福寺等を歩いて、奈良ホテルで豪華なランチをしたそうです。子供達は豪華なランチより、鹿の方が印象強かったようです。この日は夕方、我家に帰ってきましたので、私達も入って6人で夕食を食べに行きました。場所は日本一の売上を誇る「餃子の王将・豊中空港線店」です。食後は、伊丹空港が見渡せる「スパイパーク」へ行きました。子供達は飛行機の離着陸に大喜びでした。
11月3日(月)は、京都観光してから、夕方早めの京都発の新幹線で東京へ帰る予定です。そこで私達夫婦と彼等の6人、私の車で京都へ行きました。彼等は清水寺と金閣寺が目当てです。彼等を車で目的地まで案内し、私達は非公開文化財の特別公開中の寺院へ行くことにしました。

清水寺へ向かう「五條坂」で彼等を降ろし、私達夫婦は「妙法院門跡」へ行きました。そして約1時間半後に、高台寺の駐車場付近で落合ました。それから6人で「金閣寺」の駐車場へ車で行き、近くでランチしてから、「金閣寺」へ入りました。彼等は金閣寺の通常のコースへ入りましたが、私達は特別公開中の「金閣寺の方丈」へ入りました。約1時間後に駐車場で落合、京都駅へ行き、彼等を降ろして別れました。後で聞いたところによると、「京都タワー」にも上ったそうです。

それでは、「妙法院門跡」について、2回に分けてアップします。

◎妙法院門跡
住所:京都市東山区妙法院前側町447
電話:075-561-0467
山号:南叡山。宗派:天台宗。本尊:普賢菩薩(重文)。
創建:平安時代初期。 開基:最澄。 駐車場:境内に15台(無料)
通常は非公開(境内は無料)。春秋の特別公開時の拝観料800円。

皇族・貴族の子弟が歴代住持となる別格の寺院を指して「門跡」と称するが、妙法院は青蓮院、三千院(梶井門跡)とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院である。また、後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの寺院としても知られる。近世には方広寺(大仏)や蓮華王院(三十三間堂)を管理下に置き、三十三間堂は近代以降も引き続き妙法院所管の仏堂となっている。
国宝のポルトガル国印度副王信書や庫裏、幕末の七卿落ちの舞台となった宸殿、天台宗最古といわれる不動明王像などがある。

↓駐車場入口
妙法院1・駐車場入口.jpg

↓裏門
妙法院2・裏門.jpg

↓駐車場
妙法院3・駐車場.jpg

↓山門(表門)
妙法院5・山門.jpg

↓山門と休憩所
妙法院6・山門と休憩所.jpg

↓事務所
妙法院4・事務所.jpg

↓庫裏
妙法院7・庫裏.jpg
妙法院10・庫裏.jpg
↑庫裏は国宝。文禄4年(1595)頃建築。本瓦葺入母屋造。豊臣秀吉の造営。

↓庫裏(拝観の入口)
妙法院8・庫裏入口.jpg
↑特別公開の拝観料は800円。

↓大玄関
妙法院9・大玄関.jpg
妙法院11・大玄関.jpg

↓明治天皇行在所の碑
妙法院12・明治天皇行在所碑.jpg
↓説明板(マウスを置くと拡大します)


↓唐門
妙法院14・唐門.jpg

↓地蔵
妙法院15・地蔵.jpg

↓宸殿前庭園入口
妙法院16・宸殿前庭園入口.jpg

※庭園には、無料で入場できます。続きは明日アップします。

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◎ATPワールドツアーファイナル(決勝戦)

ジョコビッチとフェデラーの対決を見られる予定でしたが、フェデラーが前の試合で腰を痛めて「棄権」したため、戦わずして、ジョコビッチの大会3連覇が決まりました。

男子テニスの最新世界ランキングが17日に発表され、ATPツアー・ファイナルで4強入りした錦織圭(日清食品)は5位で変わらなかった。ファイナルで3連覇したノバク・ジョコビッチ(セルビア)は既に年間1位が確定しており、2位ロジャー・フェデラー(スイス)、3位ラファエル・ナダル(スペイン)、4位スタン・ワウリンカ(スイス)の上位選手にも変動はなかった。なお伊藤竜馬(北日本物産)は103位、添田豪(GODAI)は117位。

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増位山・随願寺(兵庫県姫路市)、 金田プロ初先発勝利 [寺院]

8月22日(金)       8月12日に、姫路の黒田官兵衛ゆかりの地を巡ってきました。
すなわち、増位山・随願寺、広峯神社、心光寺、黒田官兵衛大河ドラマ館、牛堂山・国分寺、御着城址・黒田家廟所、再幸寺、松原八幡神社、黒田職隆廟所・国府山城址、英賀神社・英賀城跡などです。
これから、数回に分けて、順次紹介します。今回は、最初に行った「増位山・随願寺」です。

◎随願寺 (ずいがんじ)
住所:兵庫県姫路市白国3-12-5
電話:079-223-7187
山号:増位山。宗派:天台宗。本尊:薬師如来
開基:(伝)聖徳太子。中興年:(伝)天平7年(735)。中興:(伝)行基
播磨西国三十三箇所第4番札所、播州薬師霊場第15番札所
http://www.himeji-kanko.jp/search/?act=detl&id=16

当初は法相宗寺院であったが、承和元年(834)仁明天皇の命により天台宗寺院となり、嘉承2年(849)「随願寺」の寺号を与えられたと伝え、後には播磨天台六山の一つに数えられるようになった。「集記」は宇多法皇、白河法皇などの行幸、平清盛による伽藍修造、源頼朝による一切経奉納などの事跡が伝わっている。
 中世末期には多くの衆徒を抱え、多数の坊舎が立ち並ぶ大寺院であったが、天正元年(1573)に三木の別所長治に攻められ全山焼失。寺僧は他所に避難していたが、天正14年(1586)秀吉によって旧地に再興された。今の本堂は寛文6年(1666)姫路藩主榊原忠次によって再建されたものであり、堂内には狩野探幽作の天井画が残っている。

【黒田官兵衛とのつながり】
官兵衛の叔父・小寺休夢は増位山の随願寺の塔頭・地蔵院の院主で有明山城主でもありました。天正元年有明山城が別所長治軍により責められ全山焼打ちに逢い、13年後に秀吉の命で黒田官兵衛によって随願寺は再建されました。また現存の本堂を再建した姫路城主・榊原忠次の奥方は黒田長政の娘です。

車で山上駐車場までいったので、参拝順序は逆になりました。
↓増位山の見取り図(マウスを置くと拡大します)


↓左が開山堂
増位山2・開山堂.jpg
↓開山堂(奥の院)
増位山3・.jpg
↓説明板
増位山4・開山堂.jpg

↓榊原忠次墓所
増位山5・榊原忠次墓所.jpg
↓墓所の唐門(国の重要文化財)
増位山6・唐門.jpg
↓説明板(マウスを置くと拡大します)

↓碑文
増位山8・碑文.jpg

↓本堂(国の重要文化財)
増位山9・本堂.jpg
増位山10・本堂.jpg
増位山11・扁額.jpg
↓説明板(マウスを置くと拡大します)


↓経堂(国の重要文化財)
増位山13経堂.jpg
↓説明板
増位山14・経堂説明.jpg

↓手水舎
増位山15・手水舎.jpg

↓毘沙門堂
増位山16・毘沙門堂.jpg

↓鐘楼(国の重要文化財)
増位山17・鐘楼.jpg
↓説明板
増位山18・鐘楼説明.jpg

↓境内、中央奥が本堂
増位山19.境内.jpg

↓参道
増位山20・参道.jpg

↓虚無僧碑
増位山21・虚無僧碑.jpg
増位山22・虚無僧碑.jpg
↓説明碑
増位山23.jpg
↑この近くに、「池田輝政の供養塔」がありますが、確認できませんでした。

↓梅林
増位山24・梅林.jpg
↑この奥に榊原政邦夫婦の墓所があり。

↓放生池
増位山25・放生池.jpg

※途中で出合った人は、ハイカー一人だけ、寺院の人も見かけませんでした。沢山の重要文化財があるので、無用心と思いましたが、防犯カメラは沢山ありましたね。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・・・・計・・・・・・・(安打) 京セラドーム、 18:00、 25,517人
中日:200・000・200・・・・・・・4・・・・・・・・(8)  ※3失策
阪神:022・001・00×・・・・・・・5・・・・・・・・(11)

【本塁打】福留5号2ラン(2回、カブレラ)、ルナ14号2ラン(1回、金田)
【マルチ安打】マートン2、福留2、伊藤2
【打点】ゴメス1、マートン1、福留2
【投手】
○金田   5回:4安打、6三振、1四球、2失点(4勝)
・渡辺 3分の2:無安打、1三振、1四球、無失点
・筒井 3分の1:無安打、無三振、無四球、無失点
・安藤   1回:2安打、無三振、1四球、2失点(背信の投球)
・福原   1回:2安打、2三振、無四球、無失点
S 呉   1回:無安打、2三振、1四球、無失点(1勝2敗32S)
●カブレラ 6回:9安打、10三振、1四球、5失点(自責2)(5勝7敗)

※今まで中継ぎで3勝あげていた金田が、初先発し、先発初勝利しました。
※阪神は、今季初めて貯金を「10」としました。
阪神2・金田.jpg
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黒田家御廟所、正覚寺(滋賀県長浜市)、 16才の大坂が大金星 [寺院]

7月31日(木)       現在、7月5日の長浜ドライブ記を連載中です。今回は、木之本にある黒田官兵衛ゆかりの地です。

◎黒田家御廟所
住所:滋賀県長浜市木之本町黒田727
黒田家に伝わる歴史書(黒田家譜=貝原益軒著)には、黒田家の始まりは「源宗清」、名字も館もある近江伊香郡黒田村から称したと記録されている。
しかし、その証拠となる物が無かったので、昔からの「言い伝え」だけで、確証がないと「旧縁之地」と黒田家当主が書かれた石碑が昭和2年に建てられた。
ところが、昭和48年に、黒田集会所の改築工事中に、この敷地内より「源宗清」と彫られた花崗岩が出土。
この石碑の出土により福岡藩の大名「黒田家」の始まりはこの黒田村と確定し、ご当家の子孫の方の願いで、現在の場所に黒田家始祖の「御廟所」が翌49年竣工した。

↓黒田家御廟所がある集会所前の広場
黒田家御廟所1.jpg
↑訪れたのが、七夕の前でしたので、笹に短冊が飾られていました。

↓黒田家御廟所の全景
黒田家御廟所2.jpg

↓石碑
黒田家御廟所4.jpg

↓碑文
黒田家御廟所5.jpg

↓説明版(マウスを置くと拡大します)

【黒田氏】とは
戦国時代、全国統一を目指していた織田信長、その先鋒の羽柴秀吉に従い、合戦の戦略者=軍師として有名な武士・黒田官兵衛孝高、その始祖が黒田宗清(一諱宗満)。
 その官兵衛の長男・黒田長政は、関ケ原の合戦で東軍勝利に大きな働きをして、筑前福崎(福岡県福岡市)に52万3千石を賜って、福岡藩の初代大名になり、その後、廃藩置県の明治維新まで約260年間続いた大名家。


黒田家御廟所前の広場に隣接して、寺院がありましたので立ち寄りました。

◎正覚寺 (しょうかくじ)
住所:滋賀県長浜市木之本町黒田726
電話:0749-82-3626
山号:響流山。宗派:浄土宗。本尊:阿弥陀如来
開基:文永元年(1264)、天台宗万立寺として創建。永仁(1293-1299)ころ改宗。安永2年(1773)再建。
参考サイト:http://www.daitakuji.jp/2014/04/26/%E6%AD%A3%E8%A6%9A%E5%A4%A7%E9%9F%B3-%E9%9F%BF%E6%B5%81%E5%8D%81%E6%96%B9-%E7%B6%9A%E3%81%8D/

↓山門
正覚寺1.jpg

↓本堂
正覚寺2.jpg

↓本堂の扁額
正覚寺3.jpg

↓鐘楼
正覚寺4.jpg

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◎「大坂なおみ」が大金星

女子テニスツアーのバンク・オブ・ウエスト・クラシック(アメリカ/スタンフォード、ハード)は28日、シングルス1回戦が行われ、予選勝ち上がりの大坂なおみ(日本)が元世界ランク4位のS・ストーサー(オーストラリア)を4-6, 7-6 (9-7), 7-5の逆転で下す大金星をあげ、自身初のWTAツアー本戦勝利となった。

【大坂なおみ】
16歳、大阪府出身、身長180cm、体重69kg、右打ち、現在の世界ランク406位。
大坂なおみ.jpg
※女子でも世界に通じる可能性が高い選手が出現したことは嬉しいですね。

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◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・・・・計・・・・・・・(安打) 甲子園、 18:00、 43,035人
ヤクルト:200・101・000・・・・・・・4・・・・・・・・(12)
阪 神:100・400.00×・・・・・・・5・・・・・・・・(8)

【マルチ安打】今成2、鳥谷2
【打点】今成1、鳥谷2、ゴメス1
【投手】
・二神 3回3分の0:7安打、3三振、2四球、3失点
歳内     1回:無安打、2三振、無四球、無失点(1勝1敗)
・榎田 1回3分の2:2安打、3三振、無四球、1失点
・安藤 1回3分の1:1安打、無三振、無四球、無失点
・福原     1回:1安打、無三振、無四球、無失点
S 呉     1回:1安打、1三振、無四球、無失点(1勝2敗25S)
●石山 3回3分の2:7安打、1三振、3四球、5失点(1勝5敗)

※ヤクルトのエラーに乗じて逆転勝利し、連敗を3で止めました。
※歳内は無死満塁で救援投手として登板し、ゼロで抑えて、プロ初勝利を手にしました。

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源光庵・光悦寺・圓成寺(京都・鷹峯)、 SMBCヒット商品番付 [寺院]

12月14日(金)      大徳寺を観光後、姪達の希望で、鷹峯へやって来ました(11月22日)。
到着したのは、16時前で拝観時間が少ないです。彼等の希望の「光悦寺」の駐車場は有料ですので、近くにある無料の「源光庵」へ駐車しました。(30分以内の駐車という掲示あり)
彼等が「光悦寺」を拝観している間、私は「源光庵」「光悦寺」「圓成寺」の外観だけ撮影しました。というのは「源光庵」と「光悦寺」は、昨年来て拝観したからです。

◎源光庵 (げんこうあん)
住所:京都市北区鷹峯北鷹峯町47
電話:075-492-1858
拝観料:400円。駐車場あり(無料)
http://kyoto.wakasa.jp/detail/25/622/
1364年、大徳寺の徹翁が隠居所として創建。1694年に臨済宗から曹洞宗に改宗。
数年前に、JR東海のCMに取り上げられ(今年は、二尊院)一躍、紅葉のメッカとなった。

↓源光庵の駐車場付近
源光庵1駐車場.jpg

↓駐車場脇の紅葉。                ↓土塀にも「モミジ」が装飾
源光庵2.jpg源光庵3モミジ塀.jpg

↓源光庵の入口
源光庵4入口.jpg

↓山門
源光庵5山門.jpg

↓鐘楼
源光庵6鐘楼.jpg

↓楼門
源光庵7.jpg

↓本堂
源光庵8本堂.jpg
↑画面右側に拝観受付があります。
「悟りの窓」「迷いの窓」「血天井」が有名です。これらについては、前回訪問時のブログに記載しています。


◎光悦寺 (こうえつじ)
住所:京都市北区鷹峯光悦町29
電話:075-491-1305
拝観料:300円。駐車場は紅葉時期は300円。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/koetsu-ji.htm
徳川家康より拝領した鷹峯のこの地に、本阿弥光悦が移り住み、芸術村を作る。明暦2年(1656)、光悦の死後に屋敷が寺となる。鷹峰三山を望む景勝地で、7つの茶室や「光悦垣」で知られ、特に紅葉の美しさは絶品です。

↓光悦寺の入口
光悦寺1入口.jpg

↓紅葉のトンネルの参道
光悦寺2参道.jpg

↓山門
光悦寺3山門.jpg

↓鐘楼
光悦寺4鐘楼.jpg

※拝観料を払っての境内の様子は、昨年訪問時にブログにアップしています。

次に、光悦寺の向かい側にある鷹峯小学校の横を通って、まだ拝観したことのない「圓成寺」へ行きました。

◎圓成寺(えんじょうじ)
住所:京都市北区鷹峯北鷹峯町24
電話:075-491-1496
拝観料:無料(志納必要)。駐車場あり
http://everkyoto.web.fc2.com/report438.html
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/enjyou-ji.htm
山号:清雲山。宗派:日蓮宗本満寺派。
洛陽十二支妙見巡り第12番霊所(亥)
承和6年(839)僧円行が岩戸妙見を勧請して創立した霊厳寺を、寛永7年(1630)公卿の一条家の懇願により日任上人が復興。

↓鷹峯の岩戸妙見宮(円成寺)と呼ばれています。鷹峯小学校横の進入口です。
円成寺1入口.jpg

↓円成寺の山門
円成寺2山門.jpg
↑山門の中央に、境内撮影禁止の立札が設置されています。

↓山門から望む
円成寺3境内.jpg

※姪達との待合せ時間が迫っていましたので、境内の参拝は断念しました。

※夕食もフレンチのレストランを予約していましたので向かいました。これは後日アップします。

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◎2012年ヒット商品番付

SMBCコンサルティング(三井住友銀行系)が11月28日に恒例のヒット商品番付を発表しました。
東横綱は「iPS細胞」、西横綱は「東京スカイツリー」です。

          東             西
横綱   iPS細胞       東京スカイツリー

大関     東京駅           該当なし

関脇   タブレットPC          LCC

小結  「マルちゃん生麺」     小型ハイブリッドカー「AQUS」

前頭1   ロンドン五輪       天体ショー
前頭2 「フィットカット カーブ」   低価格機能性メガネ
前頭3 ノンアルコール飲料     塩こうじ
前頭4 街コン             新東名高速道路
前頭5 「さくら色LED照明」    「レノアハピネス アロマジュエル
前頭6 きゃりーぱみゅぱみゅ   代官山 蔦屋書店

↓詳細は、SMBCコンサルティングの公式サイトをご覧ください。
http://www.smbc-consulting.co.jp/company/mcs/BizWatch/Hit/
SMBCヒット商品.jpg

※日経MJもヒット商品番付を発表しています。こちらは後日掲載します。

【過去のヒット商品番付の記事一覧】
2006年(12/23)
2007年(12/29)
2008年(11/28)
2009年(12/4)
2010年(12/9)
2011年(12/6)

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大徳寺Ⅵ(その他非公開塔頭)、 今年の漢字一字 [寺院]

12月13日(木)       11月22日に東京から来た姪夫婦と京都観光した記事を連載中です
今回は、大徳寺の非公開の塔頭を表側だけ掲載します。

◎大慈院 (だいじいん)
http://blog.goo.ne.jp/hirokikurioka/e/db694e52e8b6d71127eb7da04c273594
南派。開祖は129世・天淑宗眼。天正13年(1585)大友宗麟の姉・見性院、織田信長の女兄・安養院、村上周防守義明、山口左馬介弘定等が創建。村上氏3代の後は、柳川藩(立花氏)の菩提寺。境内には、精進料理の「泉仙」がある。

↓大慈院の表門
大徳21・大慈院.jpg

↓「泉仙」の入口
大慈院1泉仙入口.jpg

↓大慈院の方丈と庭園
大慈院2庭園.jpg

↓泉仙・大慈院店
大慈院3泉仙・大徳寺店.jpg
http://www.kyoto-izusen.com/html/store_daijiin.html


◎正受院 (しょうじゅいん)
http://www.e-reien.net/kyouto-reien/syouzyuin.html
南派。開祖は93世・清庵宗胃。創建は天文年間(1532-55)伊勢亀山城主・関盛衡や越前敦賀城主・蜂屋頼隆等。昭和になって山口玄洞が本堂再建。「瑞応軒」や連歌師・里村紹巴の墓がある。

↓正受院の表門
大徳22・正受院.jpg

↓表門から眺めた境内
大徳23・正受院.jpg


◎三玄院 (さんげんいん)
http://everkyoto.web.fc2.com/report927.html
天正17年(1598)春屋和尚を開祖として、石田三成・浅野幸長・森忠政(蘭丸の弟)らが建立。境内には三成、忠政、古田織部、薮内剣仲、春屋宗園らの墓がある。茶道ゆかりの寺で、「篁庵」「昨雲庭」「八方睨みの虎」が有名。

↓三玄院の表門
大徳24・三玄院.jpg
大徳25・三玄院.jpg
大徳26.jpg


◎真珠庵 (しんじゅあん)
http://everkyoto.web.fc2.com/report632.html
一休宗純ゆかりの寺。開祖は一休禅師。創建は永享年間(1429-41)。応仁の乱で焼失、1491年墨斎和尚や堺の豪商・尾和宗臨が再興。村田珠光の名勝庭園や、曾我蛇足・長谷川等伯の障壁画が有名。
境内撮影禁止。2008年11月の特別拝観時に拝観しました。(その時の記事はこちら

↓真珠庵の山門
大徳27・真珠庵.jpg
大徳28・真珠庵.jpg
大徳29・.jpg


◎聚光院 (じゅこういん)
http://ameblo.jp/rallygrass/entry-11075138680.html
北派。永禄9年(1566)開祖は笑嶺宗訴、跡継ぎの三好義継が三好長慶(12代・足利義晴に仕える)の菩提のため建立。狩野永徳の国宝障壁画が有名。千利休をはじめ、三千家歴代の墓があります。

↓聚光院の山門
大徳30・聚光院.jpg
大徳31・聚光院.jpg
大徳32.jpg


◎玉林院 (ぎょくりんいん)
http://blogs.yahoo.co.jp/hiropi1700/25566721.html
北派。開祖は月岑宗印、慶長8年(1603)医師曲直瀬正琳が自らの菩提所として創建、当初は「正琳院」であったが、後に「玉林院」に改める。寛保2年(1742)大阪の豪商・鴻池了瑛が山中鹿之助の位牌堂として「南明庵」を建立。

↓玉林院の山門
大徳33・玉林院.jpg


◎徳禅寺 (とくぜんじ)
http://xmarisx.blog84.fc2.com/blog-entry-257.html
大徳寺の山内にある塔頭の中で最古の別院で、開山は徹翁義亨。応仁の乱で焼失したが、堺の豪商・尾和宗臨(祖渓宗臨)が再興。明治の初めには、無住であったため、農業試験場や臨時隔離病棟になったこともある。
511世大龜宗雄(だいきそうゆう)好み、昭和27年(1952)「又隠」を元にした四畳半台目床 「向東庵(こうとうあん)」、昭和35年(1960)「今日庵」「官休庵」を元にした一畳台目中板向板丸炉壁床「骨清庵(こつせいあん)」がある。

↓徳禅寺の山門
大徳34・徳禅寺.jpg


◎養徳院(ようとくいん)
http://blog.goo.ne.jp/hirokikurioka/e/af0d13de92f300960d780e265f942562
開祖 56世 實傳宗眞(じつでんそうしん)。明応年中(1492~1501)創建。はじめ足利義満の弟の満詮(みつあきら:1364~1418:謚号養徳院)が亡夫人妙雲院善室慶のため、東山祇園の地に、妙雲院という寺を開き尼寺とし、満詮の娘の竺英聖瑞(じくえいしょうずい)を住持とする。竺英が大徳寺の春浦宗煕に帰依し、寛正5年(1464)幕府に妙雲院を僧寺・養徳院となすことを願い出て、養徳院と改め、後に實傳宗眞が明応年中(1492~1501)に大徳寺内にこれを移す。竺英は、曇華院の住持でもあったため、曇華院の歴代は、養徳院に葬られている。茶室「閑雲席」がある。

↓養徳院の山門
大徳35・養徳院.jpg

※「大徳寺」の観光を終えて、姪達が鷹峯の「光悦寺」へ行きたいと言ったので、夕方近くになりましたが向かいました。この記事は後日アップします。

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◎今年の漢字一字は「金」

2012年の世相を1字で表す「今年の漢字」が「」に決まり、日本漢字能力検定協会が12日、清水寺(京都市東山区)で発表した。金は2000年にも選ばれている。
 午後2時すぎ、清水寺の森清範貫主が「清水の舞台」に置かれた越前和紙(縦1・5メートル、横1・3メートル)に特大の筆で揮毫。詰め掛けた参拝者から大きな歓声が上がった。
 2位は「輪」、3位は「島」が選ばれた。(写真と記事は、産経ニュースより)
漢字一字.jpg


【過去の今年の漢字】
・1995年:「震」・・・・・阪神淡路大震災
・1996年:「食」・・・・・0-157食中毒
・1997年:「倒」・・・・・大型倒産
・1998年:「毒」・・・・・和歌山のカレー毒事件
・1999年:「末」・・・・・世紀末
・2000年:「金」・・・・・シドニー五輪の金
・2001年:「戦」・・・・・米国同時テロ
・2002年:「帰」・・・・・拉致被害者一部帰国
・2003年:「虎」・・・・・阪神タイガース18年ぶりリーグ優勝
・2004年:「災」・・・・・天災・人災多発
・2005年:「愛」・・・・・各界の愛ちゃんブーム
・2006年:「命」・・・・・悠仁様誕生
・2007年:「偽」・・・・・食品から始まる偽事件
・2008年:「変」・・・・・政変、気候異変
・2009年:「新」・・・・・新しいことへの期待
・2010年:「暑」・・・・・観測史上最高の猛暑
2011年:「絆」・・・・・東日本大震災、原発事故
・2012年:「金」・・・・・ロンドン五輪・東京スカイツリー・中山教授等の金字塔

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大徳寺Ⅴ(瑞峯院・大仙院・高桐院・龍源院)、 ネット流行語大賞 [寺院]

12月12日(水)       11月22日に訪問した京都の「大徳寺」の記事の続きです。
大徳寺の塔頭は、ほとんど非公開ですが、次の4塔頭が常時公開されていますので、紹介します。
それは、「瑞峯院」「大仙院」「高桐院」「龍源院」です。
今回は、拝観料を払わず、表側だけ(無料の範囲だけ)写真を撮りました。

↓大徳寺の各塔頭をコンパクトに紹介しているサイトです。
http://homepage3.nifty.com/0945/html/siseki/daitokuji/daitokuji.html

↓境内の配置図
大徳.jpg

◎瑞峯院 (ずいほういん)
住所:京都市北区紫野大徳寺町81
電話:075-491-1454
創建:天文4年(1535)。開基:徹岫宗九(大満国師)。
拝観料:400円(常時公開)
九州のキリシタン大名の大友宗麟が建立。寺号は宗麟の法名から名付けられた。大友宗麟の菩提寺
http://everkyoto.web.fc2.com/report627.html

大徳1瑞峯院.jpg大徳2瑞峯院.jpg
大徳4瑞峯院.jpg

↓「表門」(重要文化財)
大徳3瑞峯院表門.jpg
↑創建当時のもので、四脚門の切妻造、檜皮葺。

↓表門からの参道
大徳7瑞峯院.jpg

↓「唐門」(重要文化財)
大徳5瑞峯院唐門.jpg

↓「庫裏」ここが拝観受付
大徳6瑞峯院庫裡.jpg


◎大仙院 (だいせんいん)
住所:京都市北区紫野大徳寺町54-1
電話:075-491-8346
創建:永正6年(1509)。開基:古岳宗亘。寺格:大徳寺塔頭・北派本庵
拝観料:400円(常時公開)
国宝の本堂と、特別名勝・史跡の枯山水庭園が有名。
http://everkyoto.web.fc2.com/report628.html

↓大仙院の入口
大徳8大仙院.jpg

↓「表門」
大徳9大仙院表門.jpg
大徳10大仙院.jpg
※建物内部と庭園は、撮影禁止のようです。


◎高桐院 (こうとういん)
住所:京都市北区紫野大徳寺町73-1
電話:075-492-0068
創建:慶長7年(1602)。開基:細川忠興。開山:玉甫紹琮
拝観料:400円(常時公開)
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/koto-in.htm
戦国時代の智将で利休七哲の一人である細川忠興(三斎)が父・細川藤孝(幽斎)のために建立。玉甫紹琮
は幽斎の弟。

↓入口
大徳11高桐院.jpg
大徳10大仙院.jpg

↓表門
大徳13高桐院山門.jpg

↓参道の石畳、竹林とモミジ
大徳14高桐院.jpg

↓参道の突き当たり
大徳15高桐院.jpg

↓この門の向こうが有料
大徳15高桐院表門.jpg
※高桐院には、2008年11月9日に、拝観料を払って入場した記事をアップしています。


◎龍源院 (りょうげんいん)
住所:京都市北区紫野大徳寺町82-1
電話:075-491-7635
寺格:大徳寺塔頭、南派本庵
創建:文亀2年(1502)頃。開基:畠山義元・大内義興・大友義長・東渓宗牧(開山)
拝観料:350円(常時公開)
http://www.asahi-net.or.jp/~zc4n-sgi/photo/KYOTO/Daitokuji/Ryogen_in/Ryogen_index.html

↓表門
大徳16龍源院表門.jpg
大徳17龍源院.jpg

↓門から中の様子
大徳18龍源院.jpg
大徳19龍源院.jpg

↓参雨軒(茶席)
大徳20龍源院参雨軒.jpg

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◎ネット流行語大賞2012
http://getnews.jp/archives/277443

12月7日に、ガジェット通信とnicinicoは、恒例の「ネット流行語大賞2012」を発表しました。
金賞は、「ステマ」です。
ステマは、「ステルスマーケティング」の略で、気づかれないように宣伝する行為だそうです。
ベスト10を見ても、ほとんど意味不明な言葉ばかりですね。

1.ステマ
2.(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!
3.┌(┌ ^o^)┐ホモォ…
4.ナマポ
5.(震え声)
6.ゴリ押し
7.強いられているんだ!
8.尖閣諸島
9.シャバドゥビタッチヘーンシーン!!
10.テヘペロ

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大徳寺Ⅳ(黄梅院・芳春院) [寺院]

12月11日(火)        只今11月22日訪問の京都・大徳寺の記事を連載中です。
今回は、この秋の特別拝観3ヶ寺の最後の「黄梅院」と、定期拝観の「芳春院」です。

「黄梅院」は織田信長が父・信秀の追悼菩提のために小庵を建立したことに始まる。日本の禅宗寺院において現存する最古の庫裏や千利休作庭の「直中庭」、武野紹鴎作の茶室「昨夢軒」が公開されました。

◎黄梅院 (おうばいいん)
特別拝観期間:10月6日~12月9日
拝観料:大人600円(通常は非公開)
庫裏前の庭園だけ撮影許可されており、その他の建物・庭園は撮影禁止。

【由来】
 当院は臨済宗大徳寺派大本山の塔頭の一つです。「黄梅院」とは、お釈迦様から代を重ねて32代目・弘忍大満禅師のゆかりの地である中国の黄梅県破頭山東禅寺に由来し名付けられた。永禄5年(1562)織田信長公が28歳のとき羽柴秀吉を伴い初めて入洛すると信長公は秀吉を京都所司代に任じ、併せて父・信秀の追善菩提のために普請を命じ小庵を建立させた。この小庵は大徳寺98世住持・春林和尚を開祖に迎え「黄梅庵」と名付けられた。これが当院の始まりである。
 天正10年(1582)6月2日、本能寺の変により信長公が急逝すると、同年10月15日密葬され、その後、秀吉は「黄梅庵」に築を加える。しかし主君の塔所としては小なりとし、信長公の法名・総見院殿より総見の名を採り山内に別に「総見院」を建立し、お祀りした。当院は築を新たにし、天正14年5月秀吉によって本堂と唐門が改装され、天正17年(1589)鐘楼・客殿・庫裏等を小早川隆景普請奉行のもとに改築落慶し、この年「庵」を「院」にあらためています。(以上、当院のリーフレットより)

↓表門
大徳寺37黄梅院表門.jpg
↑天正17年完工され、庫裏の造営と同じく小早川隆景によって寄進されている。なだらかな兜型の門である。平成17年、修理が施された。

↓表門を入って直ぐに、各墓所の石碑が並んでいます。
大徳寺38黄梅院各墓所石碑.jpg

↓黄梅院の許可された撮影場所は、この庫裏前の庭園だけです。
大徳寺39黄梅院庫裡.jpg
↑この庫裏は、切妻造板葺、禅宗寺院の生活様式を現代によく伝えています。小早川隆景の寄進によって天正17年4月に完成。日本に現存する禅宗寺院の庫裏として最古のもの。昭和60年12月解体修理が施された。

↓鐘楼
大徳寺40黄梅院鐘楼.jpg
↑鐘は1592年、加藤清正によって寄進されたもので朝鮮伝来のものと伝う。現存の鐘楼は益田玄播守によって建立された。獅子頭の彫刻が施されている。平成17年、修理が施された。

↓唐門(正面奥、右手は庫裡)
大徳寺41黄梅院唐門.jpg

※ここから先は撮影禁止で、見張りの係員が数名各所に配置されていました。
千利休作の池泉式枯山水庭園「直中庭」や、本堂前庭の「破頭庭」、本堂北裏側の「作仏庭」等見所がいっぱいです。
↓これらの写真を掲載したサイトを見つけましたので、興味ある人はご覧下さい。↓
http://kyotomoide.exblog.jp/19280990/
http://kyotomoide.exblog.jp/19280993/


続いて、通常は非公開ですが、毎年秋の定期拝観としている「芳春院」を、妻だけが拝観しましたので紹介します。
◎芳春院 (ほうしゅんいん)
電話:075-492-6010
定期拝観期間:11月10日~11月30日
通常は非公開。拝観料:大人500円。建物・庭園の撮影禁止
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/hoshun-in.htm

慶長13年(1608)に玉室宗珀を開祖として加賀百万石の祖・前田利家の夫人・松子(まつ)が建立。法号をとって芳春院と名付け、前田家の菩提寺とした。寛政8年(1796)の火災により創建当時の建物が焼失するが、2年後に前田家11代の前田治脩によって再興された。明治期には廃仏毀釈の嵐の中で荒廃するが、明治8年(1895)になって復興された。

↓「山門」。秋の定期拝観の看板
芳春院1山門秋の定期拝観.jpg

↓紅葉が美しい石畳の参道
芳春院2参道.jpg

↓「正門」
芳春院3正門.jpg

※ここからは、撮影禁止ですが、他の人も撮っていたので、妻も数枚撮った由。
↓庫裏
芳春院4庫裡.jpg

↓花頭窓のある「唐門」
芳春院7唐門.jpg

↓「呑湖閣(どんこかく)」(京都府指定有形文化財)
芳春院6呑湖閣.jpg
↑呑湖閣は金閣・銀閣・飛雲閣と並ぶ京都四閣の一つ。元和3年(1617)前田利家の子・利長が、境内の南東隅に「昭堂」として小堀遠州に依頼して建てた楼閣で、現在の楼閣は寛政10年(1798)に再建されたもの。楼閣内には、玉舟和尚の師・春屋和尚の木像のほか、近衛・醍醐・青山・建部ら皇族の霊牌を祀っています。
打月橋の中央に開祖玉室の筆による「打月」の二文字の額が架かっています。

↓本堂前の枯山水庭園と本堂(方丈)
芳春院5方丈.jpg

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◎小沢昭一死去

先日、大好きな歌舞伎俳優の中村勘三郎が逝去され、また昨日は好きな俳優の小沢昭一氏が逝去されました。非常に寂しいですね。
小沢昭一の軽妙な口調で人気のあった長寿ラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」をよく聴いていました。ご冥福をお祈りします。


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大徳寺Ⅲ(総見院)、 高橋日本男子初GPファイナル優勝 [寺院]

12月10日(月)       只今、11月22日に訪れた「大徳寺」の記事を連載中です。
今回は、織田信長の菩提寺で豊臣秀吉が創建した寺院である「総見院」です。

◎総見院 (そうけんいん)
特別拝観期間:10月6日~12月1日
拝観料:大人600円(通常は非公開)
この寺院では、案内人が拝観者を集めて解説をしてくれます。

 総見院は大徳寺の二十二塔頭寺院の一つ。本能寺の変での明智光秀の謀反により、49歳の生涯を閉じた織田信長公の菩提寺です。創建は天正11年(1583)、信長公の一周忌を迎え、その追善のために豊臣秀吉が建立したもの。 (中略)
創建当時は寺勢大いに隆盛し、広大な境内に豪華な堂塔が建ち並んでいたという。創建当時の建造物である正門や土塀に、往時の雰囲気をわずかに偲ぶことができる。その後、明治初年の廃仏毀釈により堂塔伽藍や多くの宝物が灰燼と化すが、大正年間に再興。昭和36年(1961)には、本山に安置されていた信長公の木像を再び迎え、380年忌を盛大に営んだ。
 総見院の開祖は古渓宗陳和尚。安土・桃山期の名僧で、千利休の師として知られる。創建以来、6月2日の信長公の年忌には一山総出で盛大な法要が営まれ、そこで用いられた美術工芸品が寺宝として数多く伝えられています。(以上は、当院のリーフレットより)

↓正門と土塀
大徳寺27総見院正門.jpg
↑いずれも天正11年、秀吉が創建した当時そのままの姿で現存する。土塀は「親子塀」といわれるもので、塀の内部に塀がもう一つ設けられた珍しい二重構造になっています。

↓門前の「信長公廟所」の石碑
大徳寺27総見院信長公廟所石碑.jpg

↓鐘楼
大徳寺29総見院鐘楼.jpg
↑鐘楼は創建当時のもので、鐘・鐘楼ともに重文。信長公の家臣・堀久太郎秀政の寄進によるもの。鐘の銘文は開祖・古渓和尚の作。

↓本堂
大徳寺28総見院本堂.jpg

↓茶室への回廊
大徳寺33総見院茶室への廻廊.jpg

↓茶室「寿安」
大徳寺35総見院寿安.jpg

↓茶室「香雲軒」
大徳寺34総見院香雲軒.jpg
総見院には茶室が三席並んでいる。そのうち「龐庵」の扁額は表千家・而妙斉の揮毫による。総見院と茶の湯とは深い関わりがあり、秀吉が開いた「大徳寺大茶会」では、総見院方丈で秀吉が茶を点てた、との記録が残されています。

↓侘助椿
大徳寺36総見院侘助椿.jpg
↑木が三本の枝に分かれ、その枝から紅白の花を咲かせる茶人に珍重される椿。樹齢400年で日本最古の胡蝶侘助とされ、秀吉がこよなく愛したと伝えられる。

↓信長公一族の墓
大徳寺30総見院信長.jpg
大徳寺31.jpg
↓中央が信長公
大徳寺32.jpg
↑信長公をはじめ徳姫(信長の息女)、濃姫(信長の正室)、おなべの方(信長の側室)など、一族七基の五輪石塔や墓が並ぶ。

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◎グランプリ・ファイナル

高橋大輔は、日本男子初のGPファイナルの優勝。
                 (SP)        (FS)        (合計)
1位:高橋  大輔     ①92.29     ③177.11     ①269.40
2位:羽生  結弦     ③87.17     ②177.12     ②264.29
3位:パトリック・チャン    ②89.27     ④169.39     ③258.66
5位:小塚  崇彦     ④86.39     ⑤166.88     ⑤253.27
 ※フリーの1位は、フェルナンデスの178.43です。

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◎大谷・日本ハムへ正式入団表明

大谷君は賢明な選択だと思います。日本で活躍し、実績をつけてから渡米する方がいいと思います。
日本ハムのドラフト1位強行指名は、快挙ですね。

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◎クラブW杯・広島敗退


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