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円珠庵(鎌八幡)、六大院、伝長寺(大阪市天王寺区)、有馬記念、宮原知子3連覇 [摂津八十八ヵ所]

12月26日(月)   NHK大河ドラマの「真田丸」は好評のうち終了しました。私は「真田丸」ゆかりの地(真田丸跡地)を9月に巡りました。その時の寺院を紹介します。
それは、真田幸村が戦勝を祈願して、作法に従い霊木に鎌を打ち込んで、戦勝に導いたという霊木がある鎌八幡です。今は歴代初の女性住職で、境内は撮影厳禁という厳しい規制をされています。

◎円珠庵(鎌八幡)
住所:大阪市天王寺区空清町4-2
電話:06-6761-3691
山号:雪光山。宗派:真言宗豊山派。通称:鎌八幡
摂津八十八箇所霊場第15番札所。契沖の墓あり
http://kamahachiman.sakura.ne.jp/
http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/oskroman/120601/20120601036.html

遠い昔、このあたりは三韓坂と言われた古道で、そのわきに一本の榎の霊木があり、人々の信仰を集めていた。
 下って、大阪冬の陣のとき、真田幸村がこの土地に陣所を構えたが、この信仰を聞き伝えて、鎌を打ちつけ、鎌八幡大菩薩と称して祈念したところ、大いに戦勝をあげたと伝えられている。
 江戸時代初期には、この鎌八幡の境内に、国文学者として有名な高僧契沖阿闍梨が居を定め、円珠庵と称した。契沖は、ここで万葉代匠記や和字正鑑要略を著し、国文学の研究に専念すると同時に、深く鎌八幡を信仰した。この頃から「鎌八幡」は「祈とう寺」として、人々の信仰が広まった。
 大正11年に、境内全域が大阪市では最初の国の史跡指定を受けたが、境内の大部分は、戦災で損壊したあと復興したものである。その間、霊木は蘇生し、絶えなる信仰と多くの霊験が得られている。
(公式HPより)
ご神木の西側から寺の北側まで、長い石垣があります。円珠庵は大正11年、大阪市で初めて国宝及び国の史跡に認定され、そのときに文部省が境内全域を調べました。その調査によれば、この石垣は円珠庵ができる前、元禄時代以前からここにあったとされています。この石垣が「真田丸」の遺構と言われています。

【歴史】
天和元年(1681年)6月百姓太郎左衛門が契沖に深く帰依して所有地を寄付したのが当庵の起こり。
元禄14年(1701年)1月25日に契沖は当庵にて62歳で亡くなり、墓所は境内にあり、毎年1月25日の契沖忌のみ墓参できる。
明治21年(1888年)12月正4位を追贈、金百円を下賜。
真言宗御室派妙法寺末寺で、本尊は不動明王であったが、戦災で全焼し、戦後は大和の長谷寺の末寺として再建された。

鎌八幡5.jpg

↓鎌八幡の遠景
鎌八幡1.JPG

↓山門
鎌八幡2.JPG

↓鎌の絵馬
鎌八幡.jpg
↑拝観料は無料ですので、拝観料のかわりに絵馬を購入(500円)しました。女性住職さんから、この寺院の由来書と、「真田画報」(幸村が生きた街・歴史探索MAP)冊子をいただきました。

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「鎌八幡」を参拝後、この近く(真田丸跡地)にある寺院も立ち寄りました。

◎六大院
住所:大阪市天王寺区餌差町5-34
電話:06-6761-4347
山号:大阪高野山。宗派:高野山真言宗。寺格:別格本山
創建:(伝)行基。本尊:不動明王、弘法大師。
摂津国八十八箇所霊場第14番札所
http://www12.plala.or.jp/HOUJI/otera-1/newpage122.htm

寺伝によれば、行基菩薩が創建したと伝えられるが詳しいことは分かっていない。年代は不明だが、真言宗大覚寺派に属していた時期があった。
中興は、江戸時代末期の木食祐伝上人による。祐伝上人と、そのあとの代の祐範上人が四国に渡り、四国八十八箇所の霊場寺院の山主により開眼された、四国八十八箇所の石仏を背負い、10数余年の歳月をかけて六大院に奉祀した。
小原孝澄が昭和3年(1928年)に晋山(しんざん)し、住職となり、荒廃していた六大院の復興に努めたが、昭和20年(1945年)3月の空襲により諸堂など、すべてが灰燼に帰した。昭和29年(1954年)に本堂の落慶法要を厳修した。
また、小原孝澄は、戦中・戦後に荒廃し、中絶していた摂津国八十八箇所霊場を復興するために力を尽くした。昭和55年(1980年)1月に札所寺院の結集がなり、摂津国八十八箇所霊場が復興するに至った。(Wikiより)

↓六大院
鎌八幡3・六大院.JPG
↑朱塗りの鐘楼門が目立ちました。

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◎伝長寺
住所:大阪市天王寺区餌差町4-7
電話:06-6762-4294
山号:満珠山。宗派:浄土宗。開創:1606年。開山:笈誉
本尊:阿弥陀如来。大阪新48願所第12番。武内確斎の墓。なで地蔵尊
http://tempsera.at.webry.info/201502/article_6.html
https://www.google.co.jp/?gws_rd=cr#q=%E4%BC%9D%E9%95%B7%E5%AF%BA
【歴史】
慶長11年(1606)鎮蓮社笈誉上人が創建した。
昭和20年(1945)の大阪大空襲ですべての堂宇を焼失。昭和58年(1983)に本堂を建立、平成7年(1995)庫裏(くり)を落慶した。
開山笈誉上人の夢想・発意により奉安された撫(な)で地蔵尊は空襲の被害を免れ、撫でたところの疾病に効験あらたかな地蔵として、創建から今日まで近隣の信仰を集めている。
本尊阿弥陀仏立像は鎌倉中期の作と伝えられる。

↓伝長寺の山門
鎌八幡4・伝長寺.JPG

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◎第61回有馬記念、3歳馬サトノダイヤモンド優勝
http://www.asahi.com/articles/ASJDT41M7JDTUTQP00P.html?iref=comtop_latestnews_03
↓(デイリースポーツより)
ルメール感涙。唯一頭の3歳馬で1番人気のサトノダイヤモンドが2番人気キタサンブラックを撃破した。
 道中は2番手を進んだブラックの直後でぴたりとマーク。直線入り口で先頭に立ったライバルを目標にエンジンを全開。急坂を駆け上がって懸命に逃げ込みを狙ったブラックだったが、しっかりと末脚を伸ばして最後の最後に首差とらえた。
 お立ち台に立ったクリストフ・ルメール騎手は「あまりしゃべれません…すいません」と、思わず涙ぐんで声を詰まらせた。当時、無敗を誇っていたディープインパクトに、ハーツクライで初めて土をつけた05年のグランプリ以来の2勝目に、「新馬戦からずっと乗ってきた馬で、すごくポテンシャルが高い。きょうはリラックスして走れていたし、最後もすごく頑張った」と愛馬をたたえ、スタンドの大歓声に応えた。2着にキタサンブラック、連覇を狙った3番人気のゴールドアクターは3着と及ばなかった。


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◎フィギュア全日本選手権、宮原知子3連覇

↓(朝日新聞デジタルより)
フィギュアスケートの全日本選手権は25日、大阪・東和薬品RACTABドームで女子フリーがあり、ショートプログラム(SP)首位の宮原知子(関大)が138・38点を出し、合計214・87点で3連覇を決めた。SP3位の樋口新葉(東京・日本橋女学館高)は合計199・49点で2年連続の2位。SP5位の三原舞依(神戸ポートアイランドク)が、合計198・17点で3位だった。
浅田真央、現役続行の意志 全日本、自己最低の12位
転倒の浅田真央、天仰ぎ険しい表情 観衆から多くの花束
 SP8位と出遅れた浅田真央(中京大)は、冒頭のトリプルアクセル(3回転半)で転倒するなどジャンプでミスが相次ぎ、114・10点で合計174・42点で自己最低の12位となり、表彰台を逃した。昨季の世界ジュニア女王で15歳の本田真凜(大阪・関大中)が、合計196・11点で4位、SP2位の本郷理華(邦和スポーツランド)は合計194・28点で5位だった。

フィギュア1・宮原.JPG

↓世界選手権の日本代表決定
フィギュア2・世界選手権代表.JPG

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平林寺Ⅰ(兵庫県宝塚市)、ケルパーが全豪を制する [摂津八十八ヵ所]

1月31日(日)     1月9日に、宝塚戎(えべっさん)の宝塚神社を参詣した帰りに、隣接している「平林寺」も参拝してきました。

◎平林寺 (へいりんじ)
住所:兵庫県宝塚市社町4-7
電話:0797-73-6042
山号:武庫山。宗派:真言宗単立。本尊:釈迦如来(市指定有形文化財)
創建:(伝)飛鳥時代。開基:(伝)聖徳太子、用明天皇(勅願)。如一禅女が835年再興
札所:摂津国三十三箇所観音2番、摂津国八十八箇所73番
http://www12.plala.or.jp/HOUJI/otera-3/newpage531.htm

飛鳥時代、用明天皇の勅命により聖徳太子が、摂津国武庫7大寺の一つとして建立されたと伝わる。
神呪寺を創建したとされる淳和天皇の妃・真井御前と共に宮中を出た、和気清麻呂の縁に繋がる如一禅女(姪とも)によって承和2年(835)に再興されたとも伝わり、最盛期には30余坊が甍を並べたと伝わる。
 天正6年(1758)荒木村重が織田信長に反旗を翻した際、寺院が敵の宿舎となることを恐れ、火を放ったため、一山ことごとく焼失した。
 その後、江戸・寛永年中(1624-44)平林寺本坊を初め、塔頭の成就院、宝寿院、西光院、成福院、理性院が相次いで再建された。(理性院は明治初年、神戸市に移転)
 現在は、阪急今津線で本坊と別坊が分断されている。

↓摂津国三十三箇所のミニ巡礼道の看板
平林寺1・順礼道.jpg

↓巡礼道の脇に配置されている観音像
平林寺3・順礼道.jpg

↓巡礼道の途中にある「鐘楼」
平林寺2・鐘楼.jpg

↓本堂
平林寺4・本堂.jpg

↓本堂の扁額
平林寺5・扁額.jpg

↓びんづるさん
平林寺6・びんずる.jpg

↓庫裏
平林寺7・庫裏.jpg

↓境内の高い場所に、観音堂と薬師堂が建っています。この堂の裏側に今津線が走っています。
平林寺8・高台を望む.jpg

↓不動堂
平林寺9・不動堂.jpg

↓観音堂
平林寺10・阿弥陀堂.jpg
平林寺11・阿弥陀堂.jpg

↓薬師堂
平林寺12・薬師堂.jpg

↓薬師堂の前にある「石造露盤と宝篋印塔」
平林寺13・石造露盤と宝篋印塔.jpg
↑右側の宝篋印塔も鎌倉時代(1444年(文安元年))の銘がある。

↓説明板
平林寺14・説明板.jpg

↓鬼瓦
平林寺15・鬼瓦.jpg

↓本尊の説明板
平林寺16・本尊説明板.jpg

↓弘法大師修行像
平林寺17・弘法大師像.jpg

↓阿弥陀堂
平林寺18.jpg

※平林寺の塔頭は、次回アップします。

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◎全豪オープンテニス・ケルパー初グランドスラム優勝

アンジェリック・ケルパー(GER)  6-4,3-6,6-4  ①セレナ・ウイリアムズ(USA)

全豪5.jpg
全豪4・ケルパー.jpg
↑セレナ・ウイリアムズのミスが目立ちましたね。粘り勝ちですね。ケルパーは、グランドスラムの決勝戦は初経験でありながら、落ち着いて相手のミスを誘う戦術は見事でしたね。

↓(朝日新聞デジタル)
S・ウィリアムズのドロップショットがアウトになると、ケルバーは思わずコートに倒れ込んだ。
 「まさか、私がグランドスラムで優勝できるなんて。信じられない」。優勝インタビューで、ケルバーは思わず声を震わせた。これまで、4大大会では2011年の全米と12年のウィンブルドンの4強が最高だった。しかも、決勝の相手は世界ランキング1位の34歳。過去の対戦では1勝5敗と苦戦していただけに「セリーナに勝つなんて。人生最高の2週間だった」。初の決勝の大舞台で、女王から大金星を挙げた。

【アンジェリック・ケルパー】プロフィール
http://www.thetennisdaily.jp/player_detail.asp?p_idx=10015


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福島聖天「了徳院」Ⅱ(大阪市) [摂津八十八ヵ所]

10月14日(月)         昨日の「了徳院」の記事の続きです。

◎福島聖天「了徳院」
浦江聖天の熱心な信者には、江戸時代の易相学者「水野南北」や、廻船業者「高田屋嘉平衛」がいる。また現代では某食品メーカーの初代社長「小森敏之」もいます。

↓不動明王
了徳院15・不動明王.jpg

↓修行大師(弘法大師)
了徳院16・修行大師.jpg

↓地蔵堂(不動尊堂)
了徳院17・地蔵堂.jpg

↓役行者(神変大菩薩像)
了徳院18・役行者.jpg

↓白髪稲荷の鳥居
了徳院19・白髪稲荷鳥居.jpg

↓白髪稲荷社
了徳院20・白髪稲荷.jpg

↓おもかるさん
了徳院21・おもかるさん.jpg

↓水掛不動
了徳院22・水掛不動.jpg

↓阿弥陀如来と聖観音               ↓子安地蔵
了徳院23・阿弥陀如来、聖観音.jpg了徳院24・子安地蔵.jpg

↓芭蕉句碑「かきつばた 語るも 旅のひとつ哉」
了徳院25・芭蕉句碑.jpg
↑芭蕉は俳諧の旅で、二度目に大阪を訪れた貞享5年(1688)4月、45歳の時、大阪の門人保川一笑(通称・紙屋弥右衛門)を訪ねて詠んだのがこの句です。もともとこの辺は淀川下流の湿地帯として、かきつばたの名所であった。

↓放生池の倶哩迦羅龍王と弁才天
了徳院26・弁才天.jpg

↓延命地蔵尊
了徳院27・延命地蔵尊.jpg

↓野田藤棚
了徳院28・野田藤棚.jpg

↓ご朱印
了徳院29・朱印.jpg

↓しおり
了徳院30・しおり.jpg
※了徳院は見所が沢山あります。また御朱印をしてくれた住職は、親切にいろいろ由緒など話してくれました。

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◎阪神またもCSファーストステージを勝てず終戦

回数:123・456・789・・・・・・・計・・・・・・・(安打) 甲子園、 14:00、 46,923人
広島:000・002・131・・・・・・・7・・・・・・・(11)
阪神:100・000・012・・・・・・・4・・・・・・・・(6)

【本塁打】西岡1号ソロ(1回、バリントン)、桧山1号2ラン(9回、ミコライオ)
【打点】西岡1、桧山2、柴田1
【投手】
●メッセンジャー5回3分の2:7安打、4三振、1四球、2失点
・久保     3分の1:無安打、無三振、1四球、無失点
・安藤     3分の1:1安打、無三振、1四球、1失点
・加藤     3分の2:1安打、1三振、無四球、2失点
・ボイヤー    1回:1安打、無三振、1四球、1失点
・福原       1回:1安打、2三振、無四球、1失点
○バリントン    5回:1安打、2三振、2四球、1失点

※広島は、阪神に連勝し、球団初のCSファイナルステージへ進みました。
※阪神は、CS制度出来て以来、いまだにファーストステージを勝てません。最後も失速で締めましたね。
パ・リーグは、西武が「やられたらやり返す。倍がえし」を実現し、第3戦に持ち込みました。立派ですね。
※唯一の嬉しかったことは、代打の最終打席で、引退する桧山選手が本塁打を打ったことですね。

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◎テニスの話題

●HP JAPAN WOMEN'S OPEN TENNIS (旧ジャパン女子オープンテニス)

ストーサーが第1回の2009年以来、2度目の優勝を飾りました。

○サマンサ・ストーサー   3-6、7-5、6-2   ●ウージニ・ブシャール

●上海マスターズの準決勝で、デルポトロがナダルを破る


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福島聖天「了徳院」Ⅰ(大阪市)、 ファーストステージ [摂津八十八ヵ所]

10月13日(日)       昨日は、バスツアーで、那智の滝や青岸渡寺へ行ってきました。この記事は後日アップします。

 さて、9月23日に訪れた「了徳院」を紹介します。

◎了徳院(りょうとくいん)
住所:大阪市福島区鷺洲2丁目14-1
電話:06-6453-0337
山号:如意山。宗派:東寺真言宗。本尊:十一面観世音菩薩(聖天尊、歓喜天)、準胝観世音菩薩
札所等:摂津国八十八ヶ所第4番、大阪四不動北方霊場
通称:福島聖天、浦江聖天
創建は不詳。元文元年(1736)高野山の善壽院より来られた宥意上人が4年後に堂宇を完成されたので、中興の祖として崇めている。
歓喜天は、浦江がまだ海岸であった折、漁師の網にかかって海中から出現したと伝えられている。
昭和20年空襲を受け、山門と稲荷堂を除いて焼失。戦後、本堂や観音堂などが再建された。

↓外観
了徳院1・外観.jpg

↓境内案内図
了徳院・境内図.jpg

↓山門
了徳院2・山門.jpg

↓子持ちの龍の彫刻
了徳院3・彫刻.jpg
↑丸角流建造の江戸時代の代表作で、子持ちの龍の彫刻があり大阪府の文化財に指定されている。

↓山門を入って、右側にある「鐘楼」
了徳院4・鐘楼.jpg

↓山門からの正面の風景、(次に左の道へ進みました。)
了徳院5・中央.jpg

↓本堂前の鳥居
了徳院6・本堂前鳥居.jpg

↓本堂
了徳院7・本堂.jpg
了徳院8・本堂.jpg

↓本堂の入口の脇にある「びんずるさん」
了徳院9・びんずる.jpg

↓狛犬、左後方は寺務所
了徳院10・狛犬と寺務所.jpg

↓「まおさま」「よなおし地蔵」「くりんさま」と、後方に保育園
了徳院11・まおさまと幼稚園.jpg

↓准低観音
了徳院12・准低観音.jpg

↓新しい供養塔?                   ↓絵馬
了徳院13・新しい供養塔.jpg了徳院14・絵馬.jpg

※次回に続きます。

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◎HPオープンテニス・準決勝

奈良くるみ、完敗。

⑤E.BOUCHARD (CAN)   6-2、6-2   ●奈良くるみ

③S.STOSUR (AUS)    6-1、6-2   ●⑥M.KEYS (USA)

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◎昨日の阪神タイガース

ファーストステージの第1戦は、阪神の奇襲が実りませんでした。

回数:123・456・789・・・・・・・計・・・・・・・(安打) 甲子園、 14:00、 46,923人
広島:000・130・004・・・・・・・8・・・・・・・(13)
阪神:000・100・000・・・・・・・1・・・・・・・・(5)

【本塁打】キラ1号3ラン(5回、藤浪)、丸1号ソロ(9回、筒井)、岩本1号3ラン(9回、玉置)
【打点】今成1
【投手】
●藤浪     5回:7安打、6三振、1四球、4失点
・久保     1回:無安打、2三振、無四球、無失点
・ボイヤー3分の2:2安打、無三振、無四球、無失点
・加藤  3分の1:1安打、1三振、無四球、無失点
・筒井1回3分の1:2安打、1三振、1四球、3失点
・玉置  3分の2:1安打、1三振、無四球、1失点○前田健    7回:5安打、5三振、2四球、1失点

※阪神は同じ投手にやられっぱなし。復習・学習能力のないチームですね。

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富光寺(大阪市)、 HPオープン奈良くるみ8強へ [摂津八十八ヵ所]

10月10日(木)       昨日は台風24号の影響で、朝の出勤時は強風と激しい雨で、ずぶ濡れになりました。午後からは晴れて、最高気温29度、湿度86%と蒸し暑い一日でした。本日は最高気温が32度まで上がる予想です。早く秋らしく涼しくなって欲しいですね。
       
さて、9月下旬に訪れた寺院を紹介します。

◎富光寺(ふっこうじ)
住所:大阪市淀川区加島4丁目10-8
電話:06-6301-3426
山号:長慶山。宗派:高野山真言宗。本尊:阿弥陀如来
札所:摂津国八十八ヶ所第7番

【歴史】(Wikiより)
天正19年(1591年)奥付の「富光寺縁起」によると、大化年間(645年 - 650年)天竺より飛来した法道仙人が、播州の法華山に住み真言宗を広めた。 ある時、紫雲に乗っていると加島に霊光あるを気づき、その辺りの木から阿弥陀仏を刻み、一宇を建立したのが富光寺の起源と伝える。 大化5年(649年)には孝徳天皇が病気平癒を祈祷させ、寺領と勅願を下賜したという。 また、四天王寺参詣途中の比丘尼が夢に聖徳太子が現れ、加島に行くよう告げられ、訪れてみると放光の仏舎利を発見し、当寺へ奉納したという。
 建永2年(1207年)には法然上人が土佐に配流される途中、当寺に泊まり、その夜神崎の遊女に念仏の法話を聞かせたと伝える。 香具波志神社に参詣した執権北条時頼が大梵鐘を寄進。延元元年(1336年)には足利尊氏を追う楠木正成が神崎橋上から富光寺の本尊に戦勝祈願したといわれる。 三好長慶も願を掛け本陣にしており、山号長慶山はこれに因む。 豊臣秀吉も朱印地を寄進。 慶長年間(1596年頃)僧実印が再興。 現在の本堂は昭和58年(1983年)の新築。

↓山門
富光寺1・山門.jpg

↓山門の扁額
富光寺2・山門扁額.jpg

↓山門を入って右手にある「摂州八十八箇所石碑」
富光寺3・摂州八十八箇所石碑.jpg

↓左側にある「地蔵尊」
富光寺4・地蔵尊.jpg

↓広い境内の様子
富光寺5・境内.jpg

↓山門をくぐった正面に「本堂」があります。
富光寺6・本堂.jpg

↓本堂の扁額
富光寺7・本堂扁額.jpg

↓本堂の入口脇にある「びんずるさん」
富光寺8・びんずるさん.jpg

↓地蔵堂
富光寺9・地蔵堂.jpg

↓地蔵堂の扁額?
富光寺10・地蔵堂扁額.jpg

↓熱切不動明王
富光寺11・熱切不動明王.jpg

↓境内社
富光寺12・境内社.jpg

↓寺務所
富光寺13・寺務所.jpg

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◎HPオープン、奈良くるみベスト8

【2回戦】
○奈良くるみ   7-5、7-6   ●モニカ・プイグ(プエルトリコ)第8シード

奈良は、ツアー初のベスト8に進みました。
次戦は、第2シードのリシツキが怪我で棄権のため、不戦勝で上がってきた選手と対戦するので、ベスト4も夢ではないですね。

※本日は、クルム伊達公子と土居美咲が対戦し、どちらかがベスト8に進みます。勝者は次戦でストーサーと対戦します。

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持明院(大阪市) [摂津八十八ヵ所]

10月8日(火)      大阪の気温は、6日も7日も30度を越える「真夏日」でした。10月に2日連続で真夏日を記録するのは、14年ぶりだそうです。今日も30度前後の予想で、残暑が続く見通しです。
 さて、9月23日に訪れた寺院の記事です。

◎持明院(じみょういん)
住所:大阪市福島区鷺洲2-13-3
電話:06-6451-2585
山号:摩尼山。宗派:東寺真言宗。本尊:弘法大師
創建:大正4年(1915)。開山:宜観和尚
摂津国八十八ヶ所霊場第5番札所。通称:福島のお大師さん

宜観和尚は、日露戦争の戦死者の霊を弔うため旧満州に渡るが、明治天皇の崩御に遭い、当地にて出家、その後高野山に登り、霊感を得て、大阪において寺を開いた。
本尊の厄除け弘法大師は、江戸時代初期の作で河内の寺にあったのを、宜観和尚が大正8年に招来したもの。昭和20年(1945)の空襲で、堂宇は全焼したが、本尊は難を逃れ現在に至っている。

↓山門
持明院1・山門.jpg

↓本堂
持明院2・本堂.jpg
↑本堂は戦後再建。境内は縮小させられた。

↓手水所と戦火で残った石灯籠
持明院3・手水と燈籠.jpg

↓不動明王
持明院4・不動明王.jpg

↓四国八十八所霊場の石碑
持明院5・四国八十八.jpg
↑戦災で多くを失くし、半分以下になっている。

↓川魚供養塔、阿弥陀仏、北向地蔵
持明院6・川魚供養塔、阿弥陀仏、北向地蔵.jpg

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◎中国オープンでジョコビッチがナダルを下し優勝

世界ランク1位を長らく保っていたジョコビッチが、1位をナダルに奪われた最初の試合で、リベンジを果たしました。当分二人の時代ではないでしょうか。

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◎凱旋門賞、日本馬またも2着

オルフェーヴルは、有馬記念を最後に引退と発表。

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常光円満寺(吹田市) [摂津八十八ヵ所]

9月15日(日)      前日に続き、吹田市の寺社の記事です。

◎常光円満寺(じょうこうえんまんじ)
住所:大阪府吹田市元町28-13
電話:06-6381-0182
山号:慧日山。宗派:高野山真言宗御室派。本尊:聖観世音菩薩
摂津国八十八ヵ所第42番札所
http://www.enmanji.com/

【由緒】
行基(ぎょうき)菩薩の布教道場
 天平7年(736)行基菩薩は民衆救済の為に、諸国を巡っていました。ある日夢の中で、「吹田に聖なる香木がある」というお告げを聞き、吹田へ来てみると、夢のお告げどおりに一本の香木が浜辺に打ち上げられていたのです。その頃の吹田は白砂青松(はくしゃせいしょう)の海岸だったのです。
 行基菩薩はその香木で聖観音菩薩像を彫刻し、その場所を聖地としてお堂を建て、香木の聖観音菩薩像をご本尊としてまつられました。布教道場となったこのお堂は浜辺に建てられたので、人々は「浜の堂」とよび、行基菩薩の話を聞くため「集まる者つねに千人を越す」(常光円満寺文書)と言われ、人々は智慧を授かる為に日夜光明(こうみょう)が絶えなかったので、いつか誰言う事なく、山号は「慧日山」となり、「常に光明を放つ寺=常光寺」とよばれるようになりました。
 その後、隣村の吉志部(現在の岸部)にあった圓満井流の猿楽(能楽)発祥の地である円満院を合併して、寺名を「常光円満寺」と改め、ますます近郷近在の信仰を集めたのです。

足利将軍と吹田氏の菩提寺として
 かつては七堂伽藍(がらん)が甍(いらか)をならべ、塔頭(たっちゅう)僧坊十三を数え数万坪という広大な寺領荘園を領有していた荘厳偉容は四隣を圧するほど…と伝えられています。応安二年(1369)足利三代将軍義満は、御本尊・聖観音菩薩に深く帰依され「石垣の修繕料をすべて寄進」(常光円満寺文書)し、祈願所として自らの武運長久を祈られたのです。以来、足利将軍の菩提寺として足利尊氏以下歴代の祖先の位牌をまつり、回向(えこう)をつとめられました。一方、名将吹田氏も「亡母の供養の為、多くの土地を寄進」(常光円満寺文書)され菩提寺として深く信仰されました。
 このように足利将軍や吹田氏が祈願や菩提所を求めているのは自己勢力結集目的以外に祖先の追善供養や乱世を乗り切るために安心立命の加護を常光円満寺に求められていたことがよくわかります。
 その後の常光円満寺は十年戦争であった応仁の乱(1467)で陣僧(僧侶の兵隊)をもって防戦につとめたが兵火によって全焼され寺領荘園のすべてを失ってしまうのです。しかし二百年後の寛文十一年(1671)教範和尚によって再建。さらに二十年余りの月日をかけ昭和五十六年には老朽化した本堂が建てかえられ、境内は整理され、面目を一新する事ができたのです。
 器にあらざる身のこの悲願の達成こそが、行基菩薩の意志が常光円満寺の全てに脈々として、1250年以上、生き続けているものと確信できるのです。(以上は、ホームページより)

↓仁王門
常光円満寺1・仁王門.jpg

↓阿吽の形の仁王さま
常光円満寺2.jpg常光円満寺3.jpg

↓客殿
常光円満寺4・客殿.jpg

↓本堂(浜之堂)
常光円満寺5・本堂.jpg
常光円満寺6・本堂.jpg
↑本尊は聖観世音菩薩(秘仏)、脇仏は弘法大師、薬師如来。

↓手水舎
常光円満寺7・手水舎.jpg

↓水子地蔵と宝篋印納骨供養塔
常光円満寺8・水子地蔵と供養塔.jpg

↓本坊
常光円満寺9本坊.jpg

↓鐘楼
常光円満寺10・鐘楼.jpg

↓鎮守社(気比明神)
常光円満寺11・鎮守社.jpg

↓七福神両天堂
常光円満寺12・七福神両天堂.jpg
↑福徳の神である七福神と総本山信貴山より授けられた毘沙門天と聖天を本尊。

↓弁天堂(白龍弁才天)
常光円満寺13・弁天堂.jpg

↓修行大師像
常光円満寺14・修行大師像.jpg
↑私達と苦楽を共に歩む姿である「同行二人」の姿。

↓西国三十三箇所お砂ふみ壇
常光円満寺15・西国三十三か所.jpg
↑西国観音霊場のご本尊のお砂をいただき、光明真言法によりお加持し、納めてあります。

↓地蔵堂(地蔵院)
常光円満寺16・地蔵堂.jpg

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◎デビスカップ
ワールドグループプレーオフ第2日目ダブルス

●伊藤竜馬・杉田祐一組  1-6,2-6,1-6  ○ファンセバスチャン・カバル、ロベルト・ファラ組

第1日のシングルス2試合を1勝1敗で終えた日本は、ダブルスのメンバーを錦織圭と添田豪から伊藤竜馬(世界ランク165位)と杉田祐一(世界ランク148位)に変更。フアン セバスチャン・カバル(世界ランク479位)、ロベルト・ファラ(世界ランク755位)組との対戦を制してワールドグループ復帰に王手を掛けたいところだったが、第1セットを1-6で落とすと、その後も2-6、1-6で奪われ完敗を喫した。
 この結果、対戦成績は1勝2敗となり、日本は最終日で2連勝が必要となった。
本日のシングルスで、添田が格上のファージャに勝てると見込んで、ダブルスのメンバーを交代したのだが、ダブルス専門の相手を甘くみたものですね。この選択が悪手にならぬことを祈るばかりです。

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◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・・・・計・・・・・・・(安打)  神宮、 18:00、 31,047人
阪 神:000・000・000・・・・・・・0・・・・・・・・(8)     阪神の14勝5敗
ヤクルト:000・001・10×・・・・・・・2・・・・・・・・(5)

【マルチ安打】西岡2、福留2
【投手】
●藤浪7回3分の1:5安打、3三振、2四球、2失点(21試合10勝6敗)
・筒井  3分の1:無安打、無三振、無四球、無失点
・渡辺  3分の1:無安打、無三振、1四球、無失点
○木谷    7回:6安打、9三振、1四球、無失点(25試合3勝3敗)
S石山    1回:無安打、無三振、無四球、無失点(50試合3勝2敗4S)

※拙攻のオンパレード!  CSに出ても勝てる気がしませんね。

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圓満寺(西宮市)、 福助が歌右衛門襲名 [摂津八十八ヵ所]

9月5日(木)      今回も8月31日に訪れた西宮市の寺社を紹介します。
「えびす神社」として有名な「西宮神社」に隣接し、国道43号線に面している「円満寺」です。同一敷地内に「西宮成田山」があります。

◎円満寺(えんまんじ)
住所:兵庫県西宮市社家町1-36
電話:0798-35-2388
山号:医王山。宗派:高野山真言宗。寺格:別格本山。本尊:薬師如来
創建:康保3年(966)。開基:法道仙人。
別称:西宮成田山、今里鷲林寺
摂津国八十八ヵ所第79番札所
http://www12.plala.or.jp/HOUJI/otera-3/newpage537.htm

円満寺は、西宮市鷲林寺にあった武庫山鷲林寺(元鷲林寺)を現在地に移したのが始まりです。
武庫山鷲林寺は平安末期の治承・寿永の乱(源平合戦)、戦国時代の荒木村重の乱に遭い、織田信長の焼き討ちのため灰燼に帰しました。その後、南勝坊により、現在地に移した。
昭和20年8月の空襲で建物や古文書を焼失、昭和23年(1948)円満寺第53世真応により本堂・庫裡などを再建し中興したが、平成7年の阪神淡路大震災では西宮成田山の堂宇・納骨堂・庫裡が全壊した。その後再建されています。

【法道仙人】
 法道仙人(ほうどうせんにん)はインド出身だということになっている。鉄の宝鉢を持っていたことから、空鉢仙人(からはちせんにん)とも呼ばれ、不思議な術を使う超能力の持ち主であった。
 いろいろな寺の縁起などによると、推古天皇(すいこてんのう)のころに日本へ渡ってきたとされているから、6~7世紀の人物ということになるが、本当の事跡や没年、墓所などすべて不明で、伝わっているのはその名前と仙術にまつわる伝説ばかりである。つまり幻のような人なのである。むしろ実在かどうかさえわからない。第一、なぜ彼は「法道上人」や「僧法道」ではなく、「仙人」なのだろうか。
 播磨国(はりまのくに)の山には、法道仙人を開山・開基と伝える寺が多い。ちょっと数えただけで十や二十は挙げられるだろう。実際、彼が開いたと伝える寺院は、県下に110か所以上あるという。また、彼が日本に渡るときに、共に渡ってきた「牛頭天王(ごずてんのう)」は、姫路市の広峰神社(ひろみねじんじゃ)に祭られ、その後、八坂神社(やさかじんじゃ)中の座に祭られたとされているから、播磨国がとりわけ仙人と関わりが深いことは間違いない。

↓円満寺の遠景
円満寺1・遠景.jpg
↑広い駐車場があり、西宮成田山の門と、円満寺の山門が並んでいます。

↓円満寺の山門
円満寺2・山門.jpg

↓手水舎
円満寺3・手水舎.jpg

↓本堂
円満寺4・本堂.jpg

●西宮成田山
円満寺と同じ敷地内にあり、不動明王を祀る。不動明王は成田山新勝寺(千葉県)より勧請した。西宮成田山と呼ばれ、交通安全を願う参詣者が多い。

↓西宮成田山の山門
円満寺5・成田山の門.jpg

↓成田不動の本堂
円満寺6.成田不動本堂.jpg

↓神変大菩薩(役行者)の石碑
円満寺7・神変大菩薩碑.jpg

↓境内にある稲荷社
円満寺9境内社.jpg

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◎福助が歌右衛門襲名

中村福助の舞台を何度か観ましたが、女形は美しいですね。

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◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・・・・計・・・・・・・(安打) 横浜、 18:00、 14,418人
阪 神:001・020・000・・・・・・・3・・・・・・・(13)
DeNA:420・010・01×・・・・・・・8・・・・・・・(14)

【本塁打】新井良14号ソロ(3回、加賀美)、金城5号3ラン(1回、鶴)
【マルチ安打】上本2、鳥谷2、新井良2、藤井2、狩野2
【打点】日高1、マートン1、新井良1
【投手】
●鶴     2回:7安打、1三振、1四球、6失点(20試合3勝1敗)
・久保田  2回:無安打、2三振、1四球、無失点
・久保   2回:4安打、無三振、無四球、1失点
・ボイヤー  1回:無安打、2三振、無四球、無失点
・松田   1回:3安打、1三振、無四球、1失点
・加賀美4回3分の1:8安打、3三振、1四球、3失点
○大原   1回:無安打、無三振、1四球、無失点(44試合2勝1S)

※1・2回とも、2死無走者からの失点。鶴は、精神的な弱さを露呈しましたね。

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不動寺(豊中市)、 全米奈良くるみ3回戦進出 [摂津八十八ヵ所]

8月31日(土)        8月上旬に、ふらりと出掛けた「不動寺」を紹介します。
住宅街の真中にあり、分かり難い場所でしたので、ナビを使って行きました。

◎不動寺(ふどうじ)
住所:大阪府豊中市宮山町4-7-2
電話:06-6855-0079
山号:大聖山。宗派:真言宗醍醐派。本尊:五大明王
創建:平安時代(弘仁)。開基:弘法大師
摂津国八十八ヵ所第8番札所、近畿三十六不動尊霊場第8番札所
http://www.kinki36fudo.org/08.html
【歴史】Wikiより
空海(弘法大師)が弘仁年間(810~824)に諸国巡礼をし、摂津北野村(現在の大阪市北区兎我野町)の地で七光の石を発見、その石をもって五輪宝塔をつくり、不動明王を表す梵字を刻んだという。その宝塔を安置する堂を建て不動堂としたのが起源であるとされている。寺は嵯峨天皇、後鳥羽院などの勅願所となったとされ、豊臣・徳川の厚い庇護を受けるなど、兎我野の不動として、庶民の信仰を集めた。
 第二次世界大戦では戦乱に巻き込まれ本堂が焼失し、昭和25年(1950年)に本堂を再建するが、寺の周辺の環境の悪化が深刻化になり、伝統行事の大護摩法も行えなくなったこともあり、昭和41年(1966年)に豊中市宮山に移転した。本堂脇の護摩堂や、仁徳天皇が愛したという白鹿堂、第二次世界大戦の英霊を祀る英霊堂は、移転前の建物を解体、移転したものである。

↓入口。この寺院には山門がありません。
不動寺1・入口.jpg

↓嵯峨天皇勅願所の碑
不動寺2・嵯峨天皇勅願所.jpg

↓境内の様子
不動寺3・境内.jpg

↓正面階段の左側に、不動明王を祀っている。
不動寺4・不動明王.jpg

↓正面階段の右側に、「英霊堂」
不動寺5・英霊堂.jpg

↓英霊堂の説明板


↓護摩堂
不動寺7・護摩堂.jpg

↓護摩堂の説明板


↓鉄筋コンクリート造りの本堂外観
不動寺11・本堂外観.jpg

↓「本堂」
不動寺9・本堂.jpg

↓本堂内部。正面の壁には、巨大な不動明が描かれています。
不動寺10・本堂.jpg

↓大師堂と鎮守堂
不動寺12・大師堂、鎮守堂.jpg

↓鎮守堂の説明板


↓護摩道場にある不動明
不動寺14・護摩道場.jpg

↓三世仏
不動寺15.jpg
↑左から釈迦如来(過去)、地蔵菩薩(現在)、弥勒菩薩(未来)

↓本堂側面の庭
不動寺16・庭.jpg



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◎全米オープンテニス(2回戦)

今大会には、錦織をはじめ男女5人がシングルスに出場したが、初戦を突破したのは「奈良くるみ」だけでした。そして、日本時間30日未明に行なわれた2回戦で、奈良は第19シードを破り、3回戦へ進出しました。

○奈良くるみ(JPN)  7-5、6-1  ●ソラナ・シルスチア(ROU)

3回戦の相手は、第9シードのエレナ・ヤンコビッチです。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・・・・計・・・・・・・(安打)  甲子園、 18:00、 42,788人
広島:030・000・000・・・・・・・3・・・・・・・・(8)             阪神の10勝8敗
阪神:000・000・000・・・・・・・0・・・・・・・・(4)

【マルチ安打】今成2
【投手】
●メッセンジャー 5回:7安打、5三振、2四球、3失点(24試合11勝7敗)
・久保    2回:1安打、1三振、無四球、無失点
・ボイヤー   1回:無安打、1三振、無四球、無失点
・久保田   1回:無安打、無三振、無四球、無失点
○野村    8回:3安打、4三振、1四球、無失点(18試合9勝4敗)
Sミコライオ   1回:1安打、無三振、無四球、無失点(44試合2勝4敗20S)

※巨人戦の後は、いつものように燃え尽き症候群状態でした。攻守ともに集中力ない内容で広島に完封負けしました。球場に駆け付けたファンに申し訳ないでしょうね。
※3番マートン、4番鳥谷。サード西岡、セカンド上本といったオーダーを試したが、不発でした。

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箕面市の粟生間谷散策「善福寺」、 市川團十郎死去 [摂津八十八ヵ所]

2月5日(火)          1月27日に、箕面市の粟生間谷周辺の寺社巡りをしてきました。
「粟生間谷」は、「あおまたに」と読みます。霊場である勝尾寺の門前町的な存在で、勝尾寺川沿いに農業が盛んだった集落で、巡礼道でもありました。多分、粟の産地だったので、この名前がついたのでしょう。旧石器時代の遺跡も発見されています。近年は南部に大規模な公団住宅が開発されました。

今回、「粟生間谷」寺社めぐりした順路は、善福寺、素盞嗚尊神社、法蔵寺、楠木神社、天満宮、五字神社、法泉寺、本成寺、春日神社です。
粟生間谷地図.jpg
以降、数回に分けて、アップしていきます。今回は「善福寺」です。

善福寺 (ぜんぷくじ)
住所:大阪府箕面市粟生間谷西5-1-1
電話:072-729-2510
山号:歓喜山。宗派:真言宗大覚寺派。本尊:十一面観世音菩薩
開創:天平年間(729-749)。開基:善仲。中興:宝暦年間(1751-1763)俊然
摂津国八十八箇所第53番札所

粟生間谷の小高い丘陵地にあり、宝亀8年(777)光仁天皇の子で桓武天皇の兄の開成皇子の勅願によって建立された。この時、弥勒信仰により、弥勒寺(勝尾寺)を内院とし、外院6ヶ院を置いた。当山はその外院の一つです。
当山に登れば、摂河泉の眺めを欲しい侭にし、心機一転・歓喜踊躍の思いを起させることから歓喜山と号し、本尊の霊験あらたかなるを以って、七難即滅、七福即生の欣求を満足させることから善福寺と称した。

↓墓地の中に参道があります
善福寺1・参道の墓地.jpg

↓山門
善福寺2・山門.jpg

↓本堂
善福寺4・本堂.jpg

↓本堂側から山門を眺めた境内の様子
善福寺7・本堂側から.jpg
↑松の木が見事でしたね。

↓境内社の「金比羅神社」
善福寺3・金比羅神社.jpg

↓手水舎
善福寺5・手水舎.jpg

↓寺務所
善福寺6・寺務所.jpg

善福寺・地図.jpg
※箕面市には、同じ名前の「善福寺」がもう一ヵ寺あります。そちらの記事は、こちらです。

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◎市川團十郎死去

歌舞伎の大看板が、また一枚亡くなりました。市川團十郎の舞台を何度も観ていますので、残念で悲しいですね。ご冥福をお祈り申し上げます。

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