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醍醐寺3(霊宝館、伽藍)、フィギュア国別対抗戦日本優勝 [寺社]

4月23日(日)   醍醐寺の「三宝院」を拝観してから、「霊宝館」へ行きました。

◎醍醐寺
醍醐寺1・地図.jpg
【年譜】
・874年 - 聖宝により創建。
・1598年 - 豊臣秀吉により醍醐の花見が行われる。
・1939年夏 - 上醍醐を襲った山火事で短時間の間に、経蔵、清滝宮本殿、西国三十三所第11番札所の准胝堂(じゅんていどう)が焼失した。
・1995年1月17日 - 発生した兵庫県南部地震の影響で、五重塔、金堂などの漆喰がはがれた。
・1997年9月11日 - もとは朱雀天皇の御願により法華三昧堂として949年に創建され1470年に焼失した堂を、真如三昧耶堂として建立した。
・2008年8月24日 - 落雷による火災で、上醍醐の准胝堂(1968年再建)がほぼ全焼した。


★霊宝館
 醍醐寺は開山以来、天皇、貴族、武家、民衆など、多くの人々の祈りに守られてきました。その歴史の中で育まれた仏像、絵画、工芸品など、10万点以上の寺宝を伝承しています。
 霊宝館は、これらの貴重な寺宝の保存と公開を兼ねた施設として、昭和10年(1935)に開館しました。平成13年(2001)には上醍醐薬師堂の薬師三尊像(国宝)が、平成26年(2014)には同じく上醍醐五大堂の五大明王像(重文)が、霊宝館の平成館に安置されました。薬師堂に祀られていた薬師如来坐像(国宝)は、病や痛みと同じ場所へ金箔を貼り祈れば平癒することから「箔薬師」ともいわれ、多くの信仰を集めています。五大明王は「五大力さん」として親しまれ、長きに渡り人々を災いから守り続けています。霊宝館では、このほか醍醐寺の祈りと文化を示す多くの絵画、文書などを順次公開しています。今回の春の特別公開では、日本画家堂本印象が三宝院の純浄観に納めた「桜花と杉樹」の襖絵や、薄紅色の八重桜と緑色の杉が彩る8面の荘厳な絵を間近で鑑賞できます。

↓霊宝館の入口・受付
醍醐寺13・霊宝館入口.JPG

↓霊宝館の桜
醍醐寺14・霊宝館桜.JPG
醍醐寺15・霊宝館.JPG
醍醐寺16・霊宝館.JPG

↓霊宝館の本館
醍醐寺17・霊宝館本館.JPG

↓霊宝館の本館の中から庭を眺める
醍醐寺18・霊宝館から.JPG

霊宝館を拝観してから、伽藍エリアへ向かいました。

★伽藍
 豊臣秀頼が再建した西大門(仁王門)をくぐると、堂塔の並ぶ伽藍が広がります。醍醐寺の本堂である金堂(国宝)は豊臣秀吉の命により紀州から移築されたものです。本尊の薬師如来坐像は病気を癒し、苦しみを除く仏様で、両脇侍の日光・月光菩薩立像とともに重要文化財に指定されています。五重塔(国宝)は、醍醐天皇の菩提を弔うために朱雀天皇が起工、村上天皇も天暦5年(951)に完成した京都府下最古の木造建築物です。
 さらに東に進むと、現在、西国三十三観音霊場第十一番札所となっている観音堂に出会います。札所本尊の准胝観世音菩薩は「子授け」の観音様として多くの信仰を集めています。伽藍には、その他にも清瀧宮本殿(重文)や祖師堂、不動堂、真如三昧耶堂、弁天堂など多くの堂宇が立ち並び、平安時代からの人々の信仰が息づいています。また、観音堂の近くには弁天池や無量寿苑があり四季折々の風景を楽しむことができます。

↓西大門(仁王門)
醍醐寺20・伽藍仁王門.JPG

↓伽藍の参道
醍醐寺33・伽藍参道.JPG
↑右側に清瀧宮本殿(重文、1599年建立)があるが、今回は立ち寄りませんでした。

↓鐘楼
醍醐寺21・伽藍鐘楼.JPG

↓五重塔(国宝)
醍醐寺22・伽藍五重塔.JPG
醍醐寺23・伽藍.JPG
↑天暦5年(951年)建立。承平元年(931年)、その前年に亡くなった醍醐天皇の冥福を祈るために第三皇子の代明親王が発願し、穏子皇太后の令旨で建立が計画された。しかし、代明親王の死去(937年)などの影響で工事は停滞し、発願の20年後に完成した。総高38メートル。うち相輪部が12.8メートルで、全体の3割以上を占める。屋根の逓減率が大きく、塔身の立ちが低いため、後世の塔のような細長いプロポーションにはならない。創建以来修理を重ねたが、特に天正13年(1585年)の地震では一部の軒が垂れ下がるなどの甚大な被害を受けたため、豊臣秀吉の援助で慶長3年(1597年)に修理が完成している。昭和25年(1950年)の台風でも被害を受け、同35年(1960年)に修理が完成した。京都に残る数少ない平安時代建築として貴重であるとともに、初重内部の両界曼荼羅と真言八祖を表した壁画も平安絵画の遺品として重要であり、塔本体とは別に「絵画」として国宝に指定されている。

↓不動堂
醍醐寺24・伽藍不動堂.JPG

↓祖師堂
醍醐寺25・伽藍祖師堂.JPG

↓真如三昧耶堂
醍醐寺26・伽藍真如三昧.JPG
↑真如苑の開祖・伊藤真乗が興した密教法流「真如三昧耶流」を顕彰するために醍醐寺により平成9年(1997年)に建立された。

↓鐘楼堂
醍醐寺27・伽藍鐘楼堂.JPG

↓日月門
醍醐寺28・伽藍日月門.JPG

↓観音堂(旧大講堂)
醍醐寺29・観音堂.JPG
↑昭和5年(1930年)建立。現在は消失した上醍醐の准胝堂の西国札所が仮に移されており、「観音堂」と改称されている。

↓弁天堂
醍醐寺30・女人堂.JPG
↑昭和5年(1930年)に林泉の北東岸に建立された建物。

↓旧伝法学院(修行道場)
醍醐寺32・伽藍旧伝法学院.JPG

↓金堂(本堂)(国宝)
醍醐寺31・伽藍金堂.JPG
↑入母屋造本瓦葺き。正面7間、側面5間。平安時代後期建立。豊臣秀吉の発願により紀州から移築したもので、慶長3年(1598年)から移築を開始し、秀吉没後の慶長5年(1600年)に落慶している。『紀伊名所図会』等によると、当初は紀州湯浅(和歌山県湯浅町)の満願寺(12世紀後半に建立された後白河法皇の御願寺)本堂であったという。部材には平安時代のものが残るが、堂が湯浅にあった鎌倉時代に改修を受けており、移築時の桃山時代の手法も混在する。立ちの高い入母屋屋根は近世風で、移築時の改修である。内部には本尊薬師三尊像(重要文化財)を安置する。堂内は内陣と外陣(礼堂)の境に結界や間仕切りがなく、一体の空間とする点に特色がある。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 東京ドーム、14:00、44,455人
阪神:100・000・000・・・・1・・・・(4)
巨人:002・000・11× ・・・・4・・・・(6)

【本塁打】マギー2号ソロ(8回、松田)
【打点】福留1
【失策】能見(3回)
【投手】
●能見   6回、25人:2安打、6三振、4四球、2失点(自責1)(2敗)
・藤川   1回、6人:2安打、1三振、1四球、1失点(四球からの失点)
松田   1回、5人:2安打、2三振、無四球、1失点
○田口   7回、25人:4安打、4三振、1四球、1失点(2勝)
Sカミネロ 1回、3人:無安打、1三振、無四球、無失点(1敗7S)

※阪神は、左腕田口に6連敗と苦手を作ってしまった。コーチ陣は対策を講じているのか?
※四球は投手のエラーと思います。3回は投手エラーと四球で、1死2・3塁のピンチ、坂本にはフルカウントでしたが、勝負してタイムリー2点打を打たれました。1塁が空いているので、坂本を歩かせるのも選択肢だったと思いますね。

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◎昨日の柴犬はな

↓妻が豊南市場で買物している間、「稲津町1丁目児童公園」まで散歩しました。
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◎フィギュア国別対抗戦・日本3大会ぶり優勝

↓(デイリースポーツより)
女子フリーで三原舞依(17)=神戸ポートアイランドク)が146・17点を出し、直前に樋口新葉(16)=日本橋女学館高=が出した145・30点を上回る日本歴代最高得点で2位に入った。樋口は3位だった。三原は楽曲「シンデレラ」に乗せて、ヒロインの心の強さを演技に落とし込んだ。「ようやく王子様に出会ってお城に戻れたかな」と語った。
 冒頭から3回転ルッツ-3回転トーループ、3回転フリップ、2回転アクセルとジャンプを着氷させた。ステップ、スピンでもすべて最高評価のレベル4を得る演技を見せながら後半へ。要所の2回転アクセル-3回転トーループ、3回転ルッツ-2回転トーループ-2回転ループの3連続ジャンプを成功させ得点を伸ばした。
 自身の出した得点が日本歴代最高であることを伝えられると「えっ、えっ、えーっ!」と驚きをあらわにした。「知らなかったです。すごくうれしい。これまでは私はまだガラスの靴を落としたぐらいかなと思っていたけど、ようやく王子様に出会ってお城に戻れたかな」と「シンデレラ」のストーリーになぞらえて、自身の成長をかみしめていた。「シンデレラ」を競技プログラムでやるのはこれで最後となったが「シンデレラとともに戦ってきた経験を生かして、もっともっと強くなっていきたい」と誓った。
 1位は世界女王のエフゲニア・メドベージェワ(ロシア)で、女子では世界初となる160点超えの160・46点をマークした。
 団体戦では日本が3大会ぶり2度目の優勝を果たした。男子フリーで羽生結弦が1位、宇野昌磨が2位となり得たリードを、女子フリーの三原(2位)樋口(3位)が守った形となった。

フィギュア1.JPG
フィギュア2.JPG
※宮原がいなくても優勝とは、立派ですね。

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醍醐寺2(三宝院)、フリーは羽生が1位 [寺社]

4月22日(土)    4月9日の第二日曜日に行った醍醐寺の記事の続きです。

◎醍醐寺
住所:京都市伏見区醍醐東大路町22
電話:075-571-0002
山号:醍醐山。深雪山(上醍醐寺)
宗派:真言宗醍醐派
本尊:薬師如来(重文)
創建:貞観16年(874)
開基:聖宝
札所:真言宗十八本山第十二番、近畿三十六不動尊第ニ十三番(上醍醐)
   西国三十三所第十一番(上醍醐)、西国薬師四十九霊場第三十九番

【歴史】
醍醐寺の創建は貞観16年(874年)、空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝が准胝観音並びに如意輪観音を笠取山頂上に迎えて開山、聖宝は同山頂付近を「醍醐山」と名付けた。
醍醐寺は山深い醍醐山頂上一帯(上醍醐)を中心に、多くの修験者の霊場として発展した後、醍醐天皇は醍醐寺を自らの祈願寺とすると共に手厚い庇護を掛け、その圧倒的な財力によって醍醐山麓の広大な平地に大伽藍「下醍醐」が発展することになる。
その後、応仁の乱など戦乱で下醍醐は荒廃し、五重塔のみが残された。しかし豊臣秀吉による「醍醐の花見」をきっかけに、紀州などから寺院建築が移築されたり三宝院が建設されたりなどし、今日の姿となった。

醍醐寺1・地図.jpg

↓「総門」
醍醐寺2・総門.JPG
醍醐寺3・総門.JPG

★三宝院
永久3年(1115年)、左大臣 源俊房の子で醍醐寺14代座主勝覚が灌頂院(かんじょういん)として開き、後に仏教の三宝にちなんで現在の名に改めた。康治2年(1143年)に鳥羽上皇の御願寺となっている。 
鎌倉から南北朝時代にかけて、成賢(7世)・憲深(11世)・賢俊(21世)と高僧を輩出し、足利尊氏から厚く保護された。賢俊の没後、三宝院の急激な台頭に対する醍醐寺内部を含む内外の反発の動きを受けて光済(22世)が配流されるなどの苦難を受けるが、応安7年/文中3年(1374年)になって足利義満が三宝院23世である光助を室町幕府の祈祷を行う武家護持僧の管領役に任じたこと[1]から幕府の中でも特別な扱いを受けた[2]。25世満済は「黒衣の宰相」とも呼ばれ、応永3年(1396年)に足利義満の猶子となって醍醐寺座主に任じられ、続いて准三后となり、後には足利義教の室町幕府将軍擁立にも活躍するなどした。以後、歴代院主が醍醐寺座主を兼ねる慣例が成立する。また、古くから醍醐寺は真言宗系の修験の中心であったが、この頃から三宝院が真言宗系の修験者・山伏の取締にあたるようになる。
応仁の乱で三宝院が焼失し、廃寺同然となるが、安土桃山時代に醍醐寺金剛輪院の院主であった義演は豊臣秀吉の信頼が厚かったため、同院を中心に有名な「醍醐の花見」が開かれた。義演は准三后となり、秀吉の許可を得て三宝院32世を名乗り、金剛輪院を三宝院と改称した。桜で有名な醍醐寺三宝院庭園はその時期に整備された。義演は徳川家康からも信任を受け、江戸時代初期の天台宗系修験道である本山派本山の聖護院との相論では江戸幕府の支援を受けて、慶長18年(1613年)に修験道法度が制定された。
明治4年(1871年)、廃仏毀釈の影響で門跡号を差し止められるが、14年後に復称する。現在では、真言宗醍醐派総本山として宗務庁、醍醐寺の寺務所が三宝院内に設置され、醍醐派管長・醍醐寺座主・三宝院門跡の三職兼務が定められており、仲田順和が在任している。

↓三宝院の桜
醍醐寺4・三宝院桜.JPG
醍醐寺5・三宝院桜.JPG
醍醐寺12・三宝寺桜.JPG

↓大玄関
醍醐寺6・三宝院大玄関.JPG

↓表書院へ行く途中の渡り廊下から見た「唐門」(国宝)
醍醐寺7・三宝院唐門.JPG
↓霊宝館の庭から、「唐門」を見る
醍醐寺19・霊宝館から唐門.JPG
↑【唐門】平唐門、檜皮葺、黒漆塗り。正面扉に金箔の桐紋、その脇に菊紋を張り付けるいかにも桃山期らしい豪壮な門。2011年(平成23)に行われた解体修理の結果、遺された墨書などから本来三宝院のために造られたものでなく、他の場所に建立する予定のものが何らかの事情によりここに建立されたと推測される。北政所の寄進、前田玄以の奉行により建立されたとの伝承もある。かっては漆塗りが剥落劣化していたが、2011年の修理時に黒漆塗が施されて、印象は一新された。

↓三宝院の表書院(国宝)
醍醐寺8・三宝院表書院.JPG
↑表書院は、醍醐の花見の際に奈良から移された能の楽屋を再移転し、中門を付加するなど書院造風に整えたもの。

↓表書院から見た庭園
醍醐寺9・三宝院庭園.JPG
醍醐寺10・庭園.JPG
醍醐寺11・庭園.JPG
↑三宝院庭園は、秀吉の作庭と言われ、築造には賢庭の名も伝えられいる。中央に据えられた藤戸石は聚楽第から運ばれた由緒のあるもので天下の名石として名高い。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 東京ドーム、18:00、44,083人
阪神:300・010・000・・・・4・・・・(10)
巨人:001・000・000・・・・1・・・・(5)

【本塁打】福留2号3ラン(1回、マイコラス)
【マルチ安打】糸井2、福留4
【打点】福留3、北條1
【失策】鳥谷(3回)
【投手】
○メッセンジャー8回、31人:5安打、10三振、1四球、1失点(自責0)(3勝)
Sドリス    1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点(1敗8S
●マイコラス  6回、29人:7安打、6三振、4四死球、4失点(2勝1敗)

※4番打者(福留)が活躍すれば、勝てますね。阪神は巨人と同率2位で、首位・広島に1.5差です。
阪神3・メッセ.JPG

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◎フィギュア世界国別対抗戦・羽生フリー1位

↓(毎日新聞より)
フィギュアスケートの世界国別対抗戦第2日は21日、東京・国立代々木競技場で行われ、男子フリーで羽生結弦(ANA)が200.49点で1位、宇野昌磨(中京大)が198.49点で2位となった。3位はチャン(カナダ)で190.74点。今大会はSPとフリーの合計点は争わない。
世界選手権覇者で前日のショートプログラム(SP)は7位だった羽生は、最初の4回転サルコウが1回転になり、終盤に試みたトリプルアクセル(3回転半)も1回転半になるミスはあったが、それでもただ一人200点の大台を超えた。
 世界選手権2位でSP首位だった宇野は、演技後半に4回転フリップで回転不足となり、さらに転倒して連続ジャンプにできないミスがあった。
 アイスダンスのショートダンスでは、村元哉中、クリス・リード組(木下ク)が最下位の6位だったが、92.68点で自己ベストは更新した。ペアSPは須藤澄玲(神奈川FSC)フランシス・ブドローオデ(カナダ)組が54.84点で6位だった。
 大会は日本、ロシア、米国、中国、カナダ、フランスの6カ国が出場して22日まで行われ、各国から男女各2人、ペアとアイスダンスは各1組が出場。SP、フリーそれぞれの順位に応じたポイントを争い、日本が第2日終了時点で81点でトップ。米国、ロシアと続いている。ペアと女子のフリーは22日に行われる。

↓(デイリースポーツより)
男子フリーが行われ、世界王者で、SPは7位に終わった羽生結弦(22)=ANA=は、3月の世界選手権でマークした223・20点の世界記録更新はならなかったが、今季3度目の200点超えとなる200・49点をマークし、1位となった。
 前半に4回転サルコーが1回転になるミスなどがあったが、後半に4回転サルコー-3回転トーループ、4回転トーループ、そしてリカバリーとして準備していた4回転トーループ-1ループ-3サルコーに初めて成功し、史上初めて基礎点が1・1倍となる後半に3本の4回転ジャンプに成功した。
 SP1位の宇野昌磨(19)=中京大=はフリーで初めて4回転フリップを後半に組み込む演技に挑戦し、後半のフリップは転倒したが、堂々たる演技の198・49点で2位となった。

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醍醐寺1(豊太閤花見行列)、フィギュア世界国別対抗日本首位スタート [寺社]

4月21日(金)   4月9日の日曜日に、京都文化博物館で「戦国時代展」を観てから、久しぶりに醍醐寺に行きました。醍醐寺の駐車場は満車でしたので、隋心院の駐車場に止めて、約15分歩いて醍醐寺に向かいました。桜のシーズンですので大変な人出で、警察官が多数整理誘導していました。拝観券を買うのにも行列でした。この日は、「豊太閤花見行列」が開催する日だったので、特に混雑しました。私は行列のある参道に並び、初物を見る準備をしました。行列は13時からで、良い場所は1時間以上も並ばないと取れないようでした。

◎豊太閤花見行列

醍醐寺の豊太閤花見行列は、1598年(慶長3)に関白・豊臣秀吉が行った「醍醐の花見」に由来する行事です。秀吉は畿内から700本の桜の木を集め、醍醐寺の子院・三宝院の建物と庭園を造営し、3月15日(新暦の4月20日)に秀頼・北政所・淀殿・松の丸殿・諸大名など約1300人による一日だけの「醍醐の花見」を行いました。ちなみに秀吉はその年の8月18日(新暦9月18日)に亡くなりました。なお豊太閤花見行列が行われる醍醐寺は平安時代から「花の醍醐」と言われる桜の名所で、嵐山・仁和寺(御室桜)などとともに日本さくら名所100選にも選ばれています。
 豊太閤花見行列では桃山時代の装束を身に着け豊臣秀吉・福島正則・京極高次・義演僧正・北政所・淀殿などに扮した約200人が三宝院の唐門から仁王門を通って金堂まで練り歩きます。金堂前に着座した行列は、特設舞台で奉納される、雅楽・今様・狂言・殺陣・花見踊りなどを観賞します。その後、再び行列は三宝院の唐門へ戻って行きます。唐門から仁王門までの参道では無料で見られますが、仁王門より中へは拝観料が必要です。醍醐寺には現在枝垂桜・山桜・染井吉野など1000本の桜が植えられ、例年4月上旬が見頃を迎え、多くの花見客で賑わいます。豊太閤花見行列は、満開時を少し過ぎた4月第2日曜日に行われ、混雑が重複しないようにしています。

↓チケットを購入するのに長蛇の行列
行列1・チケット.JPG

↓三宝院の唐門前で待機する、少女隊
行列2.JPG

↓13時の少し前から、少女隊の桜踊りが先導します
行列4.JPG

↓13時ちょうどに、唐門の扉が開かれ、花見行列の開始です
行列5・唐門.JPG

↓行列の先導たち
行列6.JPG
行列7.JPG
行列8.JPG

↓福島正則、前田玄以
行列9・福島正則、前田玄以.JPG

↓京極高次、義演僧正
行列10・京極高次、義演僧正.JPG

↓太閤秀吉
行列11・太閤秀吉.JPG
行列12.JPG

↓豊臣秀頼
行列13・豊臣秀頼.JPG

↓増田長盛、長束正家
行列14・増田長盛、長束正家.JPG

↓北政所、孝蔵主
行列15・北政所、孝蔵主.JPG

↓小野お通、淀殿
行列16・小野お通、淀殿.JPG

↓芳春院、松の丸
行列17・芳春院、松の丸.JPG

↓加賀殿、大蔵卿の局
行列18・加賀殿、大蔵卿の局.JPG

↓仁王門から伽藍の中に入っていきます
行列19・仁王門へ.JPG

花見行列が仁王門から伽藍の中に入ったので、私たちは「三宝院」と「霊宝館」を拝観しました。
拝観後、伽藍の中に入ると、金堂前の特設舞台では、最後の奉納の殺陣が演じられていました。

↓金堂前
行列20・金堂前.JPG

↓奉納舞台を観る行列の人々
行列21.JPG

↓奉納舞台が終わると、花見行列は、三宝院へ戻って行きました。
行列22・戻り.JPG

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) ナゴヤドーム、18:00、22,454人
阪神:000・010・010・・・・2・・・・(8)
中日:000・000・32 ×・・・・5・・・・(9)

【本塁打】平田3号ソロ(7回、青柳)、ビシエド1号2ラン(8回、マテオ)
【マルチ安打】原口2、中谷2
【打点】原口1、高山1
【盗塁】鳥谷(4回)
【投手】
●青柳 6回3分の2、26人:5安打、6三振、2四球、3失点(2敗)
・桑原  3分の1、3人:2安打、1三振、無四球、無失点
・高橋  3分の2、3人:1安打、1三振、無四球、1失点
・マテオ 3分の0、1人:1安打、無三振、無四球、1失点
岩崎  3分の1、1人:無安打、1三振、無四球、無失点
・大野   6回、27人:6安打、2三振、4四球、1失点
○祖父江  1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点(1勝)
S田島   1回、3人:無安打、2三振、無四球、無失点(1勝1敗3S)

※まさかの中日に負越しです。しかも連夜の逆転負け。今日は投手継投策の失敗ですね。
※打の方では、福留がブレーキになりました。3度の得点機に併殺や凡退ばかり。

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◎国別対抗、日本首位スタート
http://www.asahi.com/articles/ASK4N4HCVK4NOIPE00N.html?iref=comtop_8_07
↓(朝日新聞デジタルより)
フィギュアスケートの世界国別対抗戦は20日、東京・代々木競技場で日本、カナダ、ロシア、米国、中国、フランスの6カ国が参加して開幕し、日本は首位でスタートした。ロシアもポイントで並んだが、規定により、日本が上位となった。

 男子ショートプログラム(SP)は宇野昌磨(中京大)が103・53点で首位。世界選手権金メダルの羽生結弦(ANA)はジャンプの失敗が響き、83・51点で7位。女子SPは三原舞依(神戸ポートアイランドク)が72・10点で3位。樋口新葉(東京・日本橋女学館高)は71・41点で5位。世界選手権2連覇のエフゲニア・メドベジェワ(ロシア)が自身の世界歴代最高点を更新する80・85点で首位に立った。アイスダンスの村元哉中(かな)、クリス・リード組(木下ク)は、ショートダンス(SD)5位発進。
     ◇
 〈世界国別対抗戦〉 今季の主要国際大会の成績をもとにしたランキングの上位6カ国が出場。男女シングル2人ずつとペア、アイスダンス1組ずつがそれぞれSP(アイスダンスはSD)とフリーを滑る。SPとフリーで別々に順位点(1位に12点、2位に11点と、順位が下がるごとに1点ずつ少なくなる)が与えられ、その合計で国の総合順位を決める。ソチ五輪から導入された五輪での団体戦では各種目1人・1組で争われる。このため、国別対抗戦よりもペアとアイスダンスの順位の比重が増す。

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池田えびす(呉服神社)、年度代表馬キタサンブラック [寺社]

1月11日(水)   昨日の昼間はテニスの初打ちをし、夕方から十日えびすで賑わう呉服神社へ行ってきました。

◎呉服神社(くれはじんじゃ)
住所:大阪府池田市室町7-4
電話:072-753-2243
呉服神社の由来・由緒や、摂社(末社)については、2015年1月22日のブログに詳述していますので、今回は割愛します。2015年1月22日のブログ記事は、こちらです。

呉服神社には本殿・拝殿のほかに多くの摂社があります。摂社とは、神社の中心となる本殿、拝殿以外の小さな社で、末社ともいいます。神門をくぐって、右側に「恵比寿神社」があります。今回は、十日えびすで賑わう「恵比寿神社」を中心にアップします。

◎池田えびす(恵比寿神社)
所在地:呉服神社の境内
恵比寿神は「えべっさん」として親しまれており、狩衣姿で右手には釣り竿を左脇には鯛を持った漁業、商売繁盛の福の神です。1月のえべっさんの日には毎年多くの参拝客で賑わいます。
もともとは栄本町にあった戎社を明治22年にここに移し、平成4年に今の社殿が新築されました。摂社といえども拝殿と本殿がそろっています。本殿の建築様式は流れ造りと思われます。
(四国の三好市池田町にも「池田えびす」があります)

↓阪急宝塚線池田駅から歩いて直ぐの所にある、呉服神社の鳥居
えびす1.JPG

↓沢山の屋台が出ています
えびす2.JPG

↓呉服神社の神門
えびす3.JPG

↓神門をくぐって、正面にあるのが呉服神社の社殿
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↓右側に恵比寿神社があります。本日の主役です。
えびす5.JPG

↓恵比寿神社
えびす6・恵比須神社.JPG
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↓えべっさんは、耳が遠いので、恵比寿神社の横に回って、「叩き板」で願いを伝えます
えびす8・叩き板.JPG
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↓福娘たち
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↓えべっさんが記念撮影に応じてくれます
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↓熱い茶のサービス。竹の器に入れます。
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↓古札を納める場所
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↓熊手などの売店
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↓社務所
えびす17・社務所.JPG

【池田えびすの過去のブログ記事】
2012年1月10日掲載
2015年1月12日掲載

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◎年度代表馬はキタサンブラック 2016年度JRA各賞

↓(朝日新聞デジタルより)
日本中央競馬会(JRA)は10日、2016年度JRA賞各賞の受賞馬を発表した。年度代表馬には天皇賞・春、ジャパンカップを制するなど活躍したキタサンブラック(牡〈おす〉4歳)が選ばれた。キタサンブラックは歌手・北島三郎さんの所有馬で16年は6戦3勝の成績を残した。同馬は最優秀4歳以上牡馬(ぼば)にも選出された。
 JRA賞各賞は記者投票によって決まる。キタサンブラックは291票のうち134票を集め、2位のモーリス(90票)、3位のサトノダイヤモンド(66票)に差をつけた。北島さんはJRAを通じ、「名誉ある年度代表馬に選ばれ、感激いたしております。今年もキタサンブラックとともに頑張っていきます」とのコメントを発表した。
 また天皇賞・秋など国内外でGⅠレース3勝を挙げたモーリスが特別賞に輝いた。そのほかの各最優秀馬は次の通り。
 ▽2歳牡馬 サトノアレス▽2歳牝馬(ひんば) ソウルスターリング▽3歳牡馬 サトノダイヤモンド▽3歳牝馬 シンハライト▽4歳以上牝馬 マリアライト▽短距離馬 ミッキーアイル▽ダートホース サウンドトゥルー▽障害馬 オジュウチョウサン。

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初詣・難波神社(大阪市中央区) [寺社]

1月6日(金)   昨日は、午前11時に難波神社に集合し、会社としての初詣をしました。その後、12時前より、魚仁で会社の新年会を開催しました。今回は、「難波神社」の初詣の様子をお伝えします。
難波神社は商都大阪の中心地に立地しているので、初詣は会社員や商売人で一杯でした。

◎難波神社
住所:大阪市中央区博労町4-1-3
電話:06-6251-8000
社格:府社。創建:(伝)反正天皇(5世紀初め)当初は大阪府松原市に鎮座。
主祭神:仁徳天皇。配祀:素盞嗚尊
【歴史】
・天慶6年(943年)現在の天王寺区上本町に遷座。
・天正11年(1583)現在地に遷座。(豊臣秀吉が大坂城築城のため強制移転)
・明治8年(1875)「上難波神社」又は「仁徳天皇社」と称していたが、「難波神社」に改める。
・昭和20年(1945)空襲により全焼、昭和49年(1974)再建され現在に至る。
http://www.nanba-jinja.or.jp/

↓難波神社の遠景(御堂筋側の北より)
難波1・遠景.JPG

↓壁面の絵馬
難波2・絵馬.JPG
難波3.JPG
難波4.JPG
難波5.JPG
難波6.JPG
難波7.JPG
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↓手水舎
難波9・手水舎.JPG

↓社殿(拝殿)
難波10・拝殿.JPG
難波11・拝殿.JPG
↑昭和49年、鉄筋コンクリート造で再建された。

↓金刀比羅神社(末社)
難波12・金刀比羅神社.JPG
↑西門横にある。もとは堀江のお旅所の東南隅にお祭りしてありました。由緒は不詳ですが、江戸時代の創建当初に祭られたものと思われます。

↓博労稲荷神社(摂社)
難波13・博労稲荷神社.JPG
難波14.JPG
↑社殿の西側にある。浪速の町が栄えるに従って、船場の商家の中心となり、いなりへの信仰があつく、古い記録にも、当神社のことを「稲荷社」「稲荷宮」としてあるものもあります。

↓十四柱相殿神社(末社)
難波15・十四柱相殿神社.JPG
↑境内の東南隅にある。以前は、数社に分れてお祭りしてあったようですが、火災、模様替え等により、末社の移転、併合が行なわれたようで、1888年(明治21年)に鉾蔭ほこかげ神社、安邦やすくに神社の祭神を六柱相殿神社へ合祀、十四柱相殿神社と改称しました。

↓難波神社の四方に鳥居門がある。これは、北門
難波17・北鳥居.JPG

↓東門
難波18・東鳥居.JPG

↓南門
難波19・西鳥居.JPG

【過去の難波神社初詣のブログ記事】
2009年1月5日掲載
2013年1月8日掲載
2014年1月7日掲載
2015年1月6日掲載
2016年1月6日掲載

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初詣・大石神社(赤穂市)、今季初戦のブリスベン国際開幕 [寺社]

1月5日(木)   1月2日に、赤穂市の大石神社へ初詣しました。「はな」も連れて行きましたが、大変な人出でしたので、境内の外で妻と待機し、私だけ代表して参拝しました。

◎大石神社
住所:兵庫県赤穂市上仮屋129
電話:0791-42-2054
主祭神:大石内蔵助良雄以下四十七士命、萱野三平、浅野家三代、森家七将
社格:県社・別表神社。創建:1900年(明治33年)
神仏霊場巡拝の道76番(兵庫11番)
http://www.ako-ooishijinjya.or.jp/
【歴史】(Wikiより)
大石神社(おおいしじんじゃ)は、赤穂事件において討ち入りをした大石良雄ら赤穂浪士を祀る神社。江戸時代には江戸幕府にはばかって表立って顕彰することはできなかったが、1868年(明治元年)、明治天皇が赤穂浪士の墓のある泉岳寺に勅使を遣わしこれを弔って以降、赤穂と京都に赤穂浪士を祀る神社が創建された。江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。
 赤穂事件以降、赤穂浪士を称揚する人々によって旧赤穂城内の大石邸内に小さな祠が設けられ密かに祀られていた。1900年(明治33年)、あらためて「大石神社」として神社を創建することが政府から許可され、1910年(明治43年)4月に起工、1912年(大正元年)に社殿が竣工した。1928年(昭和3年)、無格社から県社に昇格された。第二次世界大戦後、城内の神社に祀られていた赤穂藩主・浅野氏の3代(長直・長友・長矩)および、城外の赤穂神社に祀られていた、浅野家の後に赤穂藩主となった森家の遠祖の七武将(森可成、森可隆、森長可、森成利、森長隆、森長氏、森忠政)を合祀した。

↓社標、参道の両側には四十七士の石像が並んでいます
大石神社1.JPG

↓正面の鳥居
大石神社2.JPG

↓四十七士像の最後には大石親子像が建っています
大石神社3.JPG大石神社4.JPG

↓神門
大石神社5・神門.JPG

↓神門の裏に設置されている大黒さまと、恵比寿さま
大石神社6・大黒.JPG大石神社7・恵比寿.JPG

↓境内の両側には、屋台が並んでいます
大石神社8・参道.JPG

↓手水舎
大石神社9・手水舎.JPG

↓記念撮影用の大絵馬
大石神社10・大絵馬.JPG

↓拝殿
大石神社11・拝殿.JPG

↓本殿と拝殿を取り囲む塀には、忠臣蔵の絵馬が飾ってあります
大石神社14・本殿.JPG
大石神社12・忠臣蔵絵馬.JPG

↓合祀殿
大石神社13・合祀殿.JPG
↑国助稲荷社、淡嶋社、恵美寿宮、天満宮、山鹿社、八田社、忠魂社。

↓義士宝物殿
大石神社15・義士宝物館.JPG
↑大石内蔵助が所持していた備前長船清光・康光の大小刀、肖像掛軸など義士所縁の品々を展示。

↓義士木像奉安殿
大石神社18・義士木像奉安殿.JPG
↑山崎朝雲、平櫛田中ら現代彫刻家による義士の彫像を展示。全49体。

↓干支の絵馬と石像
大石神社16・干支の絵馬と石像.JPG

↓私は、1000円の破魔矢を買って帰りました。
大石神社17・破魔矢.JPG

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◎ブリスベン国際、錦織今季初戦を辛勝
↓(朝日新聞デジタルより)
テニスのブリスベン国際は4日、オーストラリアのブリスベンで行われ、男子シングルス2回戦で世界ランキング5位の錦織圭(日清食品)が、予選から勝ち上がって1回戦も突破した同105位のジャレド・ドナルドソン(米)に4―6、6―4、6―3で逆転勝ちして準々決勝に進んだ。
特集:錦織圭
 第3シードの錦織は、この試合がシングルスの今季初戦。立ち上がりから4―0と優位に進めながら6ゲーム連続で落とし、第1セットを先取された。第2セットは第10ゲームをブレークして奪い返し、最終セットも力の差を示した。
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有馬温泉13(林渓寺、天神社)、男子800mリレー銅メダル [寺社]

8月11日(木)   7月4日から5日の有馬温泉旅行記の続きです。2日目は「はな」を迎えに行って、一緒に再び有馬温泉街に戻ってきました。林渓寺の駐車場に止めて、周辺を散策しました。

◎林渓寺
住所:神戸市北区有馬町1644
電話:078-904-0213

林渓寺の創建は慶長6年(1601)、池之坊法順によって開かれたのが始まりと伝えられています。当初は東本願寺の別院で「湯山御坊」と称され落葉山の麓にありましたが元禄8年(1695)と宝暦3年(1753)に火災で焼失し宝暦4年(1754)に現在地に移され、本堂はこの時上棟されました。境内の推定樹齢200年以上とされる古梅は蕾から既に赤いところから当寺の十九世乗如上人が未開紅と名付けたもので、その実を食すと子宝に恵まれ、「はらみの梅」、「にむしんの梅」との別称もあります。本尊は阿弥陀如来像(慶安4年:1651年作、仏師:春日)。本堂は、入母屋、銅板葺、桁行7間、正面1間向拝付き。

↓入口
林渓寺1・入口.JPG

↓山門
林渓寺2・山門.JPG
↑山門の前の紫陽花が美しかったです。

↓「名所・にむしんの梅」と彫られた石碑
林渓寺3・石碑.JPG

↓本堂
林渓寺4・本堂.JPG
林渓寺5・本堂.JPG

↓慈母観音
林渓寺6・慈母観音.JPG

↓手水所のある境内
林渓寺7・手水.JPG


◎有馬天神社
住所:神戸市北区有馬町1402

有馬天神社は、979(天元2)年4月に京都の北野天満宮より御祭神・菅原道真公を勧請したのが起こりだといわれています。大洪水や火災、地震などで何度もダメージを受けてきた有馬温泉の鬼門の方角を治める守護神として、厄除けの神社として人々の崇敬を集めてきました。
 平安時代後期の1097(承徳元)年に起きた大洪水で温泉街が荒廃した際には有馬天神社も同様に荒廃していたと見られますが、鎌倉幕府が創建された1192(建久3)年の秋に再建されます。このとき、境内の隣には蘭若院阿弥陀坊という寺院が建立され、ここの住職によって有馬天神社の奉祀が続けられたと伝えられています。阿弥陀坊は、火災などをくぐり抜けて明治時代まで続きましたが、残念ながら1872(明治5)年には無住の寺となって廃寺となってしまいました。
 有馬天神社と切っても切れないのが、絶えず元気良く湯煙を噴出し続ける天神泉源です。天神泉源については、こちらをご覧ください。

↓天神社
林渓寺8・天満宮.JPG

↓撫で牛
林渓寺9・牛.JPG

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◎昨日の高校野球(一回戦)

●関東第一(東東京)   1-2   ○広島新庄(広島)

●京都翔英(京都)   1-9   ○樟南(鹿児島)

●星稜(石川)    2-8    ○市和歌山(和歌山)

花咲徳栄(埼玉)   6-1   ●大曲工(秋田)

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) マツダスタジアム、18:00、31,447人
阪神:010・001・000・・・・2・・・・(5)
広島:100・000・000・・・・1・・・・(9)

【マルチ安打】北條2
【打点】北條
【盗塁】江越、北條、鳥谷
【投手】
○能見 6回3分の2、28人:6安打、8三振、1四球、1失点(7勝9敗)
・安藤  3分の0、1人:1安打、無三振、無四球、無失点
H高橋  3分の1、1人:無安打、1三振、無四球、無失点
Hマテオ  1回、5人:2安打、1三振、1四球、無失点
S藤川   1回、6人:無安打、1三振、3四球、無失点(5勝5敗3S)
●福井   6回、26人:5安打、4三振、3四球、2失点(2勝4敗)

※広島の拙攻に助けられ、連敗「3」でストップ。
※初のフルイニング出場のルーキー坂本誠志郎捕手。
↓9回裏2死満塁のピンチの場面で、藤川をリードする坂本
阪神4・坂本.JPG
↓ウイニングボールを矢野コーチよりもらう坂本捕手
阪神5・坂本.JPG

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◎昨日のリオ五輪(通算:金3・銀1・銅10)

競泳の男子800mリレーで、日本は1964年東京五輪以来52年ぶりにメダル獲得の快挙。
カヌー競技では、日本人初のメダル獲得という快挙。

【テニス】2回戦
○ジル・シモン   7-6、6-2   ●杉田祐一


銀・坂井聖人(競泳:男子200mバタフライ)

銅・羽根田卓也(カヌー・スラローム:男子カナディアンシングル)

銅・萩野公介、江原騎士、小堀勇気、松田丈志(競泳:男子800mリレー)

銅・永瀬貴規(柔道:男子81キロ級)

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有馬温泉6(善福寺・妙見寺)、鳥谷フルイニングストップで連敗脱出 [寺社]

7月25日(月)   有馬温泉の散策記事の続きです。
妻が買物している間、私と「はな」は近くの寺社を訪れることにしました。

ありま14・地図.jpg

◎善福寺 (ぜんぷくじ)
住所:兵庫県神戸市北区有馬町1645
電話:078-904-0127
山号:光徳山。 宗派:曹洞宗。 本尊:阿弥陀如来
創建:(伝)奈良時代。 開基:(伝)行基

阪急バス有馬案内所の向い側にある観光総合案内所の手前の石段を上ると直ぐに善福寺に着きます。
善福寺の創建は神亀4年(727)、行基菩薩により開かれたのが始まりと伝えられています。当初は法相宗の寺院で水月庵と称していましたがその後衰退し、建久2年(1191)仁西によって再興されています。本尊の一光三尊阿弥陀如来像(善光寺式如来像)は新羅王から聖徳太子に贈られたものを後年、源満仲(多田源氏の祖)の念持仏となり、その後、多田院(現在の多田神社:兵庫県川西市)に安置していたものを正慶2年(1332)に善福寺の本尊として遷されたと伝えられています(この頃曹洞宗に改宗)。戦国時代には有馬温泉に何度も訪れた豊臣秀吉から庇護され湯山の代官に任ぜられた他、境内では大茶会が開かれ寺領が寄進、安堵されました(現在でも毎年4月に桜の茶会が開かれています。)。17世紀初頭には永平寺(福井県永平寺町)の末寺である興聖寺から万安英種が招かれ曹洞宗に改宗しています。寺宝である聖徳太子像は元々は阿弥陀堂の本尊でしたが明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後の廃仏毀釈運動により廃寺となった為に当寺に移されたもので像高68.5cm、檜材、寄木造、14世紀初期法印湛幸作、作者が明確で鎌倉時代の木像として大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています(同時に阿弥陀堂から豊臣秀吉が千利休に命じて作らせたという阿弥陀堂釜も移されています)。境内にある「イトザクラ(一重花弁しだれ桜)」は推定樹齢200年以上、「神戸市民の木」、「神戸の名木」に指定されています。現在の本堂は宝暦7年(1757)に建てられたもので寄棟、桟瓦葺、桁行6間、梁間4間、江戸時代の寺院本堂建築の遺構として貴重な事から神戸市歴史的建造物に指定されています。

↓善福寺の山門
ありま1・善福寺山門.JPG

↓本堂
ありま2・善福寺本堂.JPG
ありま3・.JPG

↓由緒板
ありま4・善福寺由緒板.JPG

↓説明板
ありま5・善福寺説明板.JPG

↓利休供養塔
ありま6・善福寺利休供養塔.JPG

↓庫裏
ありま7・善福寺庫裏.JPG

↓善福寺の糸桜が有名です。(桜の写真はサイトより借用)
ありま15・善福寺.jpgありま16・善福寺.jpg

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隣接して、妙見宮(妙見寺)への登山口があります。

◎妙見寺
住所:神戸市北区有馬町1685-1
電話:078-903-1380
山号:落葉山。 宗派:日蓮宗。 本尊:北辰妙見大菩薩

有馬温泉を見下ろす落葉山(標高533m)には、有馬観光総合案内所の裏手から登ることができます。案内所から南西方向に500mほど離れた中腹に妙見寺があります。南北朝時代には、現在、寺の境内になっている所に落葉山城 (別名 有馬城)があったと伝えられています。築城者に関する定説はありませんが、南朝方の湯山左衛門三郎の居城であったと文献にあります。戦国時代には、細川氏の重臣であった三好之長の子、三好政長が落葉山城を拠点にして播磨や丹波に進出しようとしました。1539年、三木城主の別所家直に攻められ、三好政長は河内国へ敗走したので、この城は三田城主の有馬村秀の支配下となりました。1579年、信長の息子、織田信忠に攻められ、有馬加賀守が守っていた落葉山城が落城しました。

落葉山は、人の立ち入ることが少なかったため、珍しい種類の紅葉がたくさん残っています。1906年に余田左橘右衛門が城山の頂上に妙見堂を建てました。山頂からの四季折々の眺めは素晴らしく、北摂の山々が美しい姿を見せてくれます。
妙見堂には、1873年に廃寺になった真言宗の寺院・金杖山金剛寺のご本尊だった北辰妙見大菩薩尊像が祀られています。このご本尊は、後小松天皇の勅願で作られたもので、室町幕府第3代将軍・足利義満公が寄進したと伝えられています。麓から山頂までの参道には西国三十三ヶ寺の石仏がずらりと並び、参拝客を出迎えてくれます。

↓参道入口
ありま8・妙見寺参道入口.JPG

↓参道沿いに西国三十三箇所石仏が配置されています。
ありま10・妙見、西国三十三.JPG

↓参道途中にある「雅中庵」(茶室)
ありま11・妙見、雅中庵.JPG

↓参道途中に隣接してある有馬グランドホテル
ありま12・妙見、有馬グランドホテル.JPG

↓西国12番石仏
ありま13・妙見12番.JPG
↑まだ先が長く、駐車場の待合せ時間が迫っていたので、山頂へ行くのは断念し駐車場へ戻りました。

↓本堂(妙見堂)・・・・写真はサイトより借用
ありま17・妙見寺.jpg

※昼食時ですので、あらかじめ調べていた、ペットもOKの店に向かいました。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) マツダスタジアム、18:00
阪神:021・103・010・・・・8・・・・(15)
広島:102・200・000・・・・5・・・・(12)

【本塁打】原口8号ソロ(2回、中村)、新井良3号ソロ(2回、中村)
【マルチ安打】高山2、原口3、ゴメス2
【打点】江越1、原口3、ゴメス1、新井1、鳥谷2
【投手】
・メッセンジャー4回3分の2、29人:10安打、5三振、4四球、5失点
○島本  3分の1、1人:無安打、無三振、無四球、無失点(1勝)・・・・初勝利
Hマテオ  2回、6人:無安打、2三振、1四球、無失点
H藤川   1回、5人:2安打、2三振、無四球、無失点
Sドリス  1回、5人:無安打、2三振、2四死球、無失点(3勝3敗7S)
・中村 1回3分の2、10人:4安打、2三振、1四球、2失点
●一岡 1回3分の2、8人:2安打、2三振、1四球、3失点(1敗)

※ついに鳥谷のXデーがやってきました。スタメンを外れ代打で出場しました。
鳥谷のフルイニング出場は667試合でストップ、これは歴代4位です。しかし連続試合出場は、1702試合と継続中で、歴代3位です。この日は代打で活躍しました。
阪神1・鳥谷.JPG
※広島に対する連敗を「9」でストップ。後半戦の連敗も「5」でストップしました。これを機会に重苦しい空気を払拭して欲しいですね。
↓ヒーローインタビューの原口捕手
阪神2・原口.JPG

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有馬温泉3(極楽寺、念仏寺)、阪神後半戦連敗スタート [寺社]

7月20日(水)   昨夜、四国遍路の旅から無事帰宅しました。帰路の高速道路は事故渋滞で通常より1時間半も余計にかかりました。車を運転しながらカーラジオで野球中継を聴いていましたが、阪神の不甲斐なさにより、いらいらが増幅しましたね。四国遍路紀は後日整理してアップいたします。  

 さて、湯泉神社を参拝後、山道の石段を戻り、極楽寺に向かいました。

◎極楽寺
住所:神戸市北区有馬町1642
山号:寂静山。 宗派:浄土宗。 本尊:阿弥陀如来
創建:推古天皇元年(593)。 開基:(伝)聖徳太子
正式名:寂静山 伝法院 極楽寺。
市史跡:湯山御殿跡

【歴史】Wikiより
伝承では593年、聖徳太子の開基と伝える。中世より念仏の道場として栄えたが数度の焼失による移転などを経て現在地に至る。最後の焼失は1773年で、現在の堂宇は1782年に再建されたものである。このときに再建された庫裏は1995年の阪神淡路大震災で半壊したが、そのために修築中の基礎の下から豊臣秀吉が築造した「湯山御殿」の遺構の一部が発見されることになった。遺構は茶器や瓦などの数多くの出土品とともに神戸市文化財史跡の指定(1997年)を受け、遺構の上に建設された「神戸市立太閤の湯殿館」で1999年より一般公開されている。
(注)「湯山御殿」は、徳川氏によって取り壊され、その跡地に極楽寺と念仏寺が建てられた。

寺宝の厨子は、徳川五代将軍綱吉の母である桂昌院の寄進とされており、火除観世音菩薩や法然上人ゆかりの橋杭地蔵尊なども寺宝とされています。

↓極楽寺の本堂
有馬6・極楽寺.JPG
有馬5・極楽寺.JPG

↓境内にある石垣・帯曲輪
有馬1・石垣・帯曲輪.JPG
有馬2・帯曲輪駒札.JPG

↓境内にある「豊太閤之塔」
有馬3・豊太閤之塔.JPG

太閤の湯殿館(湯山御殿遺跡)
有馬4・極楽寺遠景.JPG
↑右側の建物が「太閤の湯殿館」(資料館)

↓ねがいの泉
有馬7・ねがいの泉.JPG
有馬8・説明板.JPG

↓行基菩薩像
有馬9・行基菩薩像.JPG


◎念仏寺
住所:神戸市北区有馬町1641
山号:摂取山。 宗派:浄土宗。 本尊:阿弥陀如来(伝・快慶作)
創建:享徳5年(1532)。 開基:岌誉上人
神戸十三仏9番

【歴史】有馬の寺社仏閣サイトより
温泉寺の北東に隣接している念仏寺は、岌誉上人の開基で1532年に創建されました。当初は谷之町にありましたが、約400年前に現在地に移っており、太閤秀吉・北政所の別邸跡と言われる見晴らしの良い、有馬でも一等地の高台にあります。徳川家康の檀那寺である大樹寺が浄土宗であったので、同じ宗派の念仏寺に特別な配慮があったものと言われています。現存の本堂は1712年の建立で、有馬温泉では最古の建造物です。この寺の石垣も有馬一古いと言われており、見事な石材が使われています。
この寺は、沙羅双樹の木、蛤(はまぐり)石、雀石のある美しい庭園でも有名です。樹齢250年という沙羅双樹の大樹があり、「沙羅樹園」と呼ばれています。ここでは、毎年6月下旬、沙羅の花の見頃になると、「沙羅の花と一弦琴の鑑賞会」が開催されます。ご本尊は快慶作と伝えられる阿弥陀仏立像で、法然上人画像「月輪御影(つきわのみえい)」も寺宝として所蔵されています。また、神戸七福神巡りの一つ“寿老人”も祀られており、参詣人が絶えません。

↓念仏寺の本堂
有馬11・念仏寺.JPG
有馬12・念仏寺説明板.JPG

↓寿老人堂
有馬10・念仏寺寿老人堂.JPG

↓石碑
有馬13・念仏寺石碑.JPG

↓境内にある「観音像」
有馬14・念仏寺観音像.JPG

↓境内にある「少年法然上人像」
有馬15・少年法然上人像.JPG

↓念仏寺の建物
有馬16・念仏寺.JPG

※有馬温泉の散策記事は、まだまだ続きます。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 甲子園、18:00、41,900人
巨人:024・000・000・・・・6・・・・(11)
阪神:000・010・000・・・・1・・・・(5)

【本塁打】原口7号ソロ(5回、内海)
【マルチ安打】西岡3。 【失策】2回2失点の原因は、北條のエラーから。
【投手】
●能見 2回3分の2、19人:8安打、3三振、2四球、6失点(自責4)(5勝8敗)
・松田 2回3分の1、8人:無安打、1三振、2四球、無失点
・榎田   1回、5人:1安打、1三振、1四球、無失点
・安藤   1回、4人:無安打、1三振、1四球、無失点
・高橋   1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点
・マテオ  1回、5人:2安打、無三振、無四球、無失点
○内海   7回、27人:4安打、11三振、2四球、1失点(5勝3敗)

※坂本捕手は、プロ初出場初スタメンでしたが、初打席三振、2回3分の2の守備で6失点と、惨めなデビュー戦でした。能見投手はもっと惨めでしたね。
※阪神のスタメン打者の中で、鳥谷は最低の打率(0.230)です。自ら連続イニング出場を辞退する時期ですね。
※阪神は、後半戦は2連敗(最下位)スタート。

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下御霊神社(京都市中京区)、阪神連敗3でストップ [寺社]

7月13日(水)   「行願寺」に近接している「下御霊神社」もお参りしました。

◎下御霊神社 (しもごりょうじんじゃ)
住所:京都市中京区寺町通丸太町下ル
電話:075-231-3530
http://shimogoryo.main.jp/

創建:貞観5年(863)。社格:府社
主祭神:(八所御霊)
 ・吉備聖霊(吉備真備とされることも多いが、吉備真備は憤死した人ではないので、神社側は
       六座の神霊の和魂と解釈している)
 ・崇道天皇(桓武天皇の皇太子、早良親王)
 ・伊予親王(桓武天皇の皇子)
 ・藤原大夫人(伊予親王の母、藤原吉子)
 ・藤大夫(藤原広嗣)
 ・橘大夫(橘逸勢)
 ・文大夫(文屋宮田麻呂)
 ・火雷天神(菅原道真とされることも多いが、神社の創建は道真が天神とされるよりも
       以前なので、神社側は六座の神霊の荒魂と解釈している)
相祀:天中柱皇神(霊元天皇)

【歴史】
奈良・平安期に政争に巻き込まれ、冤罪によって非業の死を遂げた貴人の怨霊を御霊として祀り、慰めることにより京の町を疫病などの禍から守ってもらう御霊信仰の神社。江戸期には御所の産土神としての性質も有した。
元は出雲路の上御霊神社の南にあったことから下御霊神社と呼ばれるようになったと伝えられる。後に新町出水に移され、天正18年(1590年)、豊臣秀吉の都市整備にともない現在地に遷座した。
享保年間に霊元天皇の霊を配祀した。

↓鳥居と正門
下御霊1.JPG

↓駒札
下御霊4・駒札.JPG

↓正門の飾梁の彫刻
下御霊2・正門の飾梁.JPG
下御霊3.JPG

↓舞殿(神楽殿)
下御霊5・拝所.JPG
下御霊6・拝所内部.JPG

↓拝殿
下御霊7・拝殿.JPG
↑現社殿は天明8年(1788)の大火で旧社殿が焼失したのち、仮皇居の内侍所仮殿を寛政3年(1791)に移建したものであります。本殿の前には切妻造の弊殿が取りつき、その前には唐破風造の拝所がつき、更に幣殿から南北に入母屋造の廊がのびております。
屋根をそれぞれ交錯させて一連の内部空間を作る特異な社殿構成は、市内の御霊社に特有のものであり、なかでも当社の社殿は造営年代が古く貴重であります。
これらは昭和58年に京都市指定有形文化財に指定されております。

↓手水舎
下御霊8・手水舎.JPG

↓天満宮社(北野社)
下御霊9・天満宮社.JPG

↓狛犬ならぬ狛牛
下御霊10・狛丑.JPG

↓大国主社
下御霊10・大国主社.JPG
↑大国主神と事代主神を祀る。文化4年(1807)造築。

↓五社相殿社
下御霊11・五社相殿社.JPG
↑日吉大神、愛宕大神、大将軍八神、高知穂神、斎部神を祀る。

↓伊勢社(神明社)文政年間に建造
下御霊13・伊勢社.JPG
↑内宮と外宮があり、天照大御神と豊受大神を祀る。

↓社務所
下御霊12・社務所.JPG

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 長野、18:00、18,212人
阪神:000・000・030・・・・3・・・・(10)
ヤクルト:010・000・000・・・・1・・・・(7)

【マルチ安打】福留2、高山3
【打点】原口1、ゴメス1、高山
【投手】
○メッセンジャー 7回、28人:6安打、3三振、1四球、1失点(8勝6敗)
H高橋  3分の1、2人:無安打、無三振、1四球、無失点
Hマテオ 3分の2、3人:1安打、1三振、1四球、無失点
Sドリス  1回、3人:無安打、3三振、無四球、無失点(2勝2敗6S)
・山中   7回、26人:4安打、4三振、1四球、無失点
●平井  3分の1、4人:2安打、無三振、1四球、3失点(1敗)

※阪神はヤクルトの拙い攻めに助けられて、連敗を3でストップ。
↓ヒーローインタビューの高山選手
阪神3・高山.JPG

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