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高山3(古い町並み)、道の駅「ななもり清見」、阪神長期ロード白星スタート [岐阜旅行]

7月29日(土)   長らく「岐阜・犬山・下呂・高山旅行記」を連載してきましたが、いよいよ今回が最終です。

高山市の古い町並み散策記事の続きです。(6月6日撮影)

↓「高山うさぎ舎」 上三之町37
高山33・高山うさぎ舎.JPG
↓「はな」も入口で記念撮影
高山34.JPG
↓妻は店内で買い物
高山35.JPG
↑うさぎの雑貨販売。「うぼぼ」はここでしか販売されていません。
http://usagiya.shop-pro.jp/

↓飛騨牛にぎり寿司「こって牛」 上三之町34
高山36・飛騨牛にぎり寿司、こって牛.JPG
↑飛騨牛にぎり寿司専門の人気店。http://takayama-kotteushi.jp/

↓町年寄・屋貝家氏宅跡石碑
高山37・町年寄・屋貝家氏宅跡石碑.JPG
↑町年寄(まちどしより)は、江戸時代の町政を司る町役人の筆頭に位置するものである。地域によってその名称は異なり、江戸や長崎・京都・甲府・福井・鳥取・敦賀・小浜・尾道・酒田などでは町年寄だが、大坂や岡山・高知・堺・今井・平野・鹿児島では惣年寄(総年寄)、名古屋で惣町代、姫路・和歌山・松江・松坂では町大年寄、岡崎では惣町年寄頭、青森では町頭、新潟では検断と呼んだ。
三之町の町年寄は、代々屋貝氏(銀の精錬業者)が世襲していた。

↓左側は薫香の「能登屋」、右側は天然石・アクセサリーの「凸凹堂」
高山38・薫香・能登屋、凸凹堂.JPG
↑能登屋(上三之町104):https://www.takayama-gh.com/tabaru/article/notoya/
凸凹堂(上三之町11):http://www.tanzawa-net.co.jp/shop/15.html

↓山車の「原田酒造」 上三之町10
高山39・原田酒造、山車.JPG
https://www.takayama-gh.com/hida/kodawari/kodawari02.html

↓深山菊の「船坂酒造」 上三之町105
高山40・船坂酒造、深山菊.JPG
http://www.funasaka-shuzo.co.jp/

↓中橋
高山41・中橋.JPG
↑中橋(なかばし)は岐阜県高山市本町一丁目と上三之町を結ぶ橋。宮川に架かる。擬宝珠や欄干をそなえ、全体を朱色にまとった特徴を持つことから赤い中橋(あかいなかばし)とも呼ばれる。
夜はライトアップされて美しい。

13時10分に集合場所の高山市政記念館前に集合しました。もう一方の組は、白川郷を見学して帰るというので、ここで分かれて、私達は義兄を岐阜県加茂郡川辺町へ送っていくことにしました。
↓途中、昼食に立ち寄った道の駅「ななもり清見」
高山42・道の駅、ななもり清見.JPG

↓レストラン「七杜」のメニュー
高山43.レストラン七杜.JPG

↓各人別々のメニューで、飛騨牛を堪能しました
高山44.JPG
高山45.JPG
高山46.JPG

15時48分に、義兄を送り届けて、帰路につきました。
途中、尾張一宮PAで休憩しました。ここにはドックランがありましたが、誰もいませんでした。
高山47・尾張一宮PA.JPG

19時25分に無事帰宅しました。2泊3日の今回の旅の総走行距離は、728㎞でした。

【岐阜・犬山・下呂・高山旅行記のブログ記事一覧】
1.2017年6月14日掲載:金華山(岐阜)
2.2017年6月15日掲載:岐阜城(稲葉山城)
3.2017年6月16日掲載:岐阜公園(岐阜県)
4.2017年6月17日掲載:岐阜1(正法寺「岐阜大仏」)
5.2017年6月19日掲載:岐阜2(妙照寺、常在寺)
6.2017年6月21日掲載:岐阜3(法円寺、栽松寺、安楽寺)
7.2017年6月22日掲載:岐阜4(善光寺)
8.2017年6月24日掲載:岐阜5(伊奈波神社)
9.2017年6月25日掲載:岐阜6(含政寺、極楽寺、誓願寺、善澄寺)
10.2017年6月29日掲載:犬山1(三光稲荷神社、針綱神社)
11.2017年6月30日掲載:犬山2(からくり展示館、城とまちミュージアム、どんでん館)
12.2017年7月1日掲載:犬山3(祥雲寺、先聖寺、徳授寺)
13.2017年7月2日掲載:犬山4(庚申堂、常満寺、犬山神社)
14.2017年7月6日掲載:国宝・犬山城(愛知県)
15.2017年7月7日掲載:つじ屋 中恵土、ハッピーフラット(下呂)
16.2017年7月12日掲載:下呂温泉散策1(白鷺橋、温泉神社、さるぼぼ)
17.2017年7月13日掲載:下呂温泉散策2(雨情公園、合掌村)
18.2017年7月15日掲載:下呂温泉散策3(行者堂、温泉寺)
19.2017年7月19日掲載:下呂温泉散策4(温泉寺2、加恵瑠神社、温泉博物館)
20.2017年7月22日掲載:水明館(下呂温泉)
21.2017年7月27日掲載:高山1(三町伝統的建造物保存地区)
22.2017年7月28日掲載:高山2(古い町並み)
23.2017年7月29日掲載:高山3(古い町並み)道の駅「ななもり清見」

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)ナゴヤドーム、18:00、30,894人
阪神:020・200・010・・・・5・・・・(11)
中日:000・000・000・・・・0・・・・(6)

【本塁打】大和1号ソロ(2回、バルデス)
【マルチ安打】俊介3、鳥谷2、大和3
【打点】大和1、俊介2、鳥谷1
【失策】北條(9回)
【投手】
○秋山   7回、26人:6安打、8三振、1四球、無失点(9勝4敗)
・岩崎   1回、3人:無安打、2三振、無四球、無失点
・メンデス  1回、4人:無安打、2三振、無四球、無失点
●バルデス  5回、23人:7安打、2三振、2四球、4失点(6勝6敗)

※阪神は2試合連続二桁安打で、快勝し、長期ロードを良いスタートを切りました。
※大和は昨年5月以来の、本人もびっくりの本塁打で先制しました。
阪神7・秋山.JPG
↑今季9勝目をあげた秋山投手。今もっとも安定していますね。

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高山2(古い町並み)、阪神同率2位に戻して長期ロードに出発 [岐阜旅行]

7月28日(金)   現在、岐阜・犬山・下呂・高山旅行記を連載中です。
今回は、高山市の古い町並み散策記事の続きです。

休憩をとるため、ペットOKのカフェに入りました。
↓「 ラ・シェーズ」
住所:高山市下三之町1-22 匠館1階のカフェ
https://tabelog.com/gifu/A2104/A210401/21014993/dtlrvwlst/B130942129/
高山20・cafeラ・シェーズ.JPG
高山21.JPG

↓「匠館」:http://www.takumikan.com/
家具・レストラン・土産物の「匠館」で妻が土産物を物色しました。その間、「はな」の記念撮影
高山22・匠館.JPG
高山24・匠館.JPG
高山23.JPG

↓上三之町町並保存区域
高山25・上三之町町並保存区域.JPG

↓「かぎづる」:上三之町52。
高山26・かぎづる.JPG
↑和紙の民芸品店。店の奥にそば処もあり。
http://www.rurubu.com/sight/detail.aspx?BookID=23540370

↓「飛騨小町」:上三之町47
高山27・飛騨小町.JPG
↑喫茶。ご当地ソフトの、飛騨桃ソフトクリームや飛騨牛乳ソフトクリームが有名。
https://tabelog.com/gifu/A2104/A210401/21008602/

↓「藤井美術民芸館
住所:高山市上三之町69  入館料:大人700円
http://kankou.city.takayama.lg.jp/2000002/2000026/2000214.html
高山28・藤井美術民芸館.JPG
↑高山在住の医師、藤井氏が収集した古美術品と古民芸品のコレクション約2,500点を、江戸萬流総檜造りの土蔵に展示。

↓「飛騨高山まちかど観光案内所」:上三之町44
高山29・飛騨高山まちかど観光案内所.JPG
↑無料で観光マップなどがもらえる。外国人観光客が多い高山らしく、外国語のマップも数カ国語並んでいます。

↓観光人力車「ごくらく舎」
高山30・人力車.JPG
http://www.jalan.net/kankou/spt_guide000000161856/

↓左側:「飛騨民族考古館」、右側:「アンティークギャラリー加藤」上三之町38
高山31・飛騨民族考古館、アンティークギャラリー加藤.JPG
↑アンティークギャラリー加藤:http://www.jalan.net/kankou/spt_guide000000177589/

↓「飛騨民族考古館」
住所:高山市上三之町82  入館料:大人500円
http://kankou.city.takayama.lg.jp/2000002/2000026/2000215.html
高山32・飛騨民族考古館.JPG
↑高山城主金森家の御典医(大名に勤めた医者)の住まいと伝えられています。戦国武家屋敷をしのばせるたたずまいで、吊天井や忍窓、井戸の抜け穴などが見られます。土蔵には飛騨の考古、歴史資料などを展示。

※高山市の古い町並み散策記事は次回に続きます。

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◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)甲子園、18:00、46,752人
DeNA:110・000・001・・・・3・・・・(7)
阪 神:000・300・07×・・・・10・・・(10)

【本塁打】中谷11号3ラン(4回、石田)、大山3号2ラン(8回、砂田)、桑原11号ソロ(9回、松田)
【マルチ安打】俊介2、大山2、中谷2
【打点】中谷3、大山2、大和1、高山3
【盗塁】鳥谷(4回)
【失策】北條(8回)
【投手】
○岩田   5回、22人:3安打、4三振、5四球、2失点(1勝)
Hメンデス 1回3分の2、7人:2安打、2三振、無四球、無失点
H高橋  3分の1、1人:無安打、無三振、無四球、無失点
H桑原   1回、5人:1安打、無三振、無四球、無失点
松田   1回、4人:1安打、2三振、無四球、1失点
●石田   6回、24人:4安打、4三振、2四球、3失点(3勝4敗)

※岩田は、今季初登板。よれよれの内容ながら、676日ぶりの白星を獲得。
※阪神は若虎2人の本塁打で、再び同率2位に戻して、本日より長期ロードに出発します。
阪神6・3人.JPG
↑左から、中谷・大山・岩田選手。

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高山1(三町伝統的建造物保存地区)、阪神はDeNAに連敗し3位へ転落 [岐阜旅行]

7月27日(木)   只今、岐阜・犬山・下呂・高山旅行記を連載中です。
6月6日(火)下呂・水明館を10時10分出発し、途中「はな」を迎えに行き、高山市内の駐車場に11時30分到着しました。ここで約1時間半、各人自由行動としました。
 私達夫婦は、柴犬「はな」を連れて、三町伝統的建造物保存地区を散策することにしました。主に私がリードを引いていたので、建物内には入れませんでした。

◎三町伝統的建造物保存地区
http://www.city.takayama.lg.jp/kurashi/1000021/1000119/1000847/1001005/1001006.html
保存地区面積約4.4ha。伝統的建造物174件(建造物172件、その他の工作物2件)。
高山は、金森氏により商業経済を重視した城下町として形成され、城を取り囲んで高台を武家屋敷、1段低いところを町人の町とした。この町人町の1部が現在の重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)である。
町人地は武家地の1.2倍と広く、全国の城下町の平均が武家地7割、町人地3割であることから考えても町人地の広さに特色がある。商人の経済力を重視した金森長近の姿勢が現れている。城下町の中へは東西南北の街道が引き込まれ、飛騨における政治、経済の中心としての機能を持っていた。金森氏が治めた時代は107年間で、以後天領157年間の時代が続く。
明治初期の高山は、周辺の村々が貧困にもかかわらず豪商を中心として栄え、人口1万4000人、岐阜県下1番の都市であった。しかし、都市化は他の地区より大幅に遅れ、昭和9年の高山線開通を機にようやく高山の近代化が始まったのである。
昭和30年代後半には観光客が目立ち始め、汚くなりつつあった宮川や町を、美しくしようという気運が高まった。川に鯉が泳いでいれば、大人は川にゴミを捨てないだろうと考え、子どもたちが宮川に鯉を放流し、それが市民運動へと発展していった。昭和41年、「上三之町町並保存会」が結成され、その規約には「会員が地域内において新築、改築する場合、前側だけでも町並にふさわしいよう自主的に創意工夫する」とされ、住民主導の町並保存の姿勢を示した。その後、昭和48年から49年にかけて奈良国立文化財研究所により高山市三町が調査され、昭和54年、同町は重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
町並みがのこされた背景には、次のような要因がある。高山線開通を境に商業発展地域は別の町内に移り、三町は仕舞屋(しもたや)が増えた。サラリーマン家庭が増えるにつれ建替えの必要もないためか、建造物がそのまま現在も残った。例えば、造り酒屋など間口14間(1間=約1.82メートル)と広い建物が改築されないままであるため、周囲の建物もそれに合わせるような結果になったこともある。敷地割がキチンとしていて、母屋、中庭、土蔵の配置が使いやすく、昭和前半まで、当時としては、部屋数が十分であった。国産の良材を使って、しっかりと建てており、今では材料、資金面からとても同じようなものは建てられないから壊すのはもったいないというわけである。三町はこのようにして、極端な変化を好まない風潮の中に残されてきた。住民が建物の確かな良さと、町並みを守る誇り、三町景観の価値観を認識した結果といえよう。(以下省略、詳細は上記サイト参照)

高山1・地図.jpg

先着した車は、高山市政記念館近くの「神明駐車場」に駐車しましたが、私はタッチの差で満車になったので、少し離れた「えび坂駐車場」に駐車しました。

↓神明駐車場の周辺
高山2・神明駐車場.JPG

↓赤田教諭所跡
高山4・赤田教諭所跡.JPG
↑神明駐車場の近くに、「赤田臥牛教諭所跡」の石柱があります。ここには、江戸時代、高山で最初の塾となる「静修館」がありました。それを建てた赤田臥牛は、江戸時代の漢学者として有名な方で、たくさんのお弟子さんに、漢書を教えたことで知られています。

↓上一之町の風景
高山3・上一之町.JPG

★高山市政記念館
住所:岐阜県高山市神明町4-15
http://www.city.takayama.lg.jp/kurashi/1000021/1000119/1001038.html
高山5・高山市政記念館.JPG
高山6.JPG
高山7.JPG
↑建物は1895年(明治28年)から1968年(昭和43年)まで高山町役場(昭和11年11月からは市役所)として使用されていた建物で、その後1986年(昭和61年)までは公民館として使用されていた。「旧高山町役場 附棟札及び新築関係書類」として高山市指定文化財となっている。
高山市の前身である高山町、旧高山市を含む現在の高山市までの行政資料を所蔵し、市政の移り変わりをパネルや写真などにより紹介している。(入場無料。棟梁:坂下甚吉)

↓「木童」(木童工房のアンテナショップで、木工製品の店)
高山8・木童.JPG
https://antiqueshop-in-takayama.jimdo.com/

↓浮世絵館「画侖」と、ZINYA(レストラン)
高山9・画侖、ZINYA.JPG
↑浮世絵館「画侖」:上二之町91。http://www.takayama-ukiyoe.jp/
ブラスリー陣屋:上二之町93。https://tabelog.com/gifu/A2104/A210401/21015262/

↓長瀬(老舗旅館)
高山10・長瀬旅館.JPG
↑上二之町10-3。http://www.ngsr.jp/history/

↓「ぴーちくぱーく」
高山11・ぴーちくぱーく.JPG
↑マツボックリやドングリ、葉っぱ、木やキノコの皮など天然素材を使って手作りした鳥のグッズを中心に、様々な手作り商品を扱う雑貨店です。
上二之町17(さんまち通り)http://takayama-ptk.jp/
「はな」の記念撮影をさせてもらいました。

↓手作り箸工房「遊膳」
高山12・遊膳.JPG
↑本体は寺子屋本舗。上三之町23。http://www.telacoya.co.jp/company/archives/1804

↓三町筋より:春慶茶道具「枯渓堂」と、版画洞(画廊)、大のや醸造
高山13・古い町並み.JPG
↑古渓堂:上三之町14。http://travelpointshop.jtb.co.jp/shousai.php?code=70490
大のや醸造:上三之町13。http://www.ohnoya-takeda.co.jp/
版画洞:上三之町101。http://www.mapion.co.jp/phonebook/M02030/21203/22130064610/

↓飛騨牛まん本舗
高山14・飛騨牛まん本舗.JPG
↑上二之町53。https://tabelog.com/gifu/A2104/A210401/21009261/

↓筏橋近辺(通称:味噌買橋)
高山15・筏橋.JPG
↑昭和8年竣工。昔話(味噌買い):http://www.toku109.info/chubu/misokaibashi.html

↓鍛冶橋近辺
高山16・鍛冶橋.JPG
↓手長像・足長像:http://www.hidanavi.com/te-ashi.html
高山2.jpg   高山1.jpg
↑両像の写真は、上記サイトより借用。

↓「甦る水」に選ばれた記念碑と、木造大黒様
高山17・蘇る水.JPG
↑高山市の中央を流れる宮川は、昭和30年代から市民生活の変化により水質が悪化し、 ごみ等の放置も著しい状況であったが、昭和47年に下水道事業に着手し、 54年の供用開始後は普及率の向上に伴い宮川の水質は大きく改善された。
平成11年、「歴史と文化を支える清流宮川の再生」として「甦る水百選」に選ばれた。

↓宮川朝市(下三之町)
高山18・宮川朝市.JPG
↑飛騨高山の朝市は、江戸時代から、米市,桑市、花市などの市として発達し、明治の中頃から、農家の奥さんたちによって野菜がならべられるようになり、朝市とよばれるようになりました。朝市は、陣屋前広場の陣屋前朝市と宮川沿いの宮川朝市の2ヵ所あります。もんぺ姿のおばさんたちの素朴なやりとり、飛騨高山の方言を聞くことができます。新鮮な野菜、果物、お漬物、味噌、民芸品や都会では見ることのできないものも売られています。
宮川朝市は、鍛冶橋から弥生橋までの宮川沿いで毎日行われています。川沿いに一直線に並んでいるので買物がとてもし易い。宮川朝市は40店以上が立ち並んでいるそうですが、私達が訪れたのは、平日の12時半頃でしたので、1店も出ていませんでした。

↓秋葉社
高山19・秋葉社.JPG
↑下三之町9。火の神様。

※古い町並散策記事は、次回に続きます。

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◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)甲子園、18:00、46,745人
DeNA:030・010・020・・・・6・・・・(11)
阪 神:000・010・211・・・・5・・・・(9)

【本塁打】ロジャース3号ソロ(8回、パートン)
【マルチ安打】ロジャース2、大和2
【打点】大和1、西岡1、中谷1、ロジャース1、坂本1
【失策】鳥谷(7回)
【投手】
●小野   5回、26人:6安打、6三振、4四球、4失点(6敗)
・岩崎   2回、9人:1安打、4三振、1四球、無失点
・藤川   1回、7人:3安打、2三振、1四球、2失点
松田   1回、4人:1安打、2三振、無四球、無失点
○ウィーランド6回3分の1、25人:4安打、3三振、2四球、3失点(5勝2敗)
S山崎   1回、6人:2安打、3三振、無四球、1失点(2勝1敗17S)

※小野投手は制球が悪く、開幕から6連敗。金本監督も忍耐強く使い続けますね。
※2位攻防戦で、最後まで諦めず戦ったが、8回の2失点が響きましたね。中谷・大山の拙い守備(記録は安打)で2点を献上してしまいました。
※阪神はDeNAに連敗し、ついに3位に転落しました。特に高山と福留が大不振ですね。早く糸井に復帰して欲しいです。本日は今季初先発の岩田です。連敗をストップさせて欲しいです。

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水明館(下呂温泉)、ヤクルトに大勝 [岐阜旅行]

7月22日(土)   現在、岐阜・犬山・下呂・高山旅行記を連載中です。
今回は、宿泊地の下呂温泉「水明館」の食事をアップします。

◎水明館
住所:岐阜県下呂市幸田1268
電話:0576-25-2800
http://www.suimeikan.co.jp/

水明館に到着後、夕食時間までの間、私だけ下呂温泉街を散策してきました。この記事は前回までで完了です。18時半より、オープンキッチン ダイニングの「常磐」で夕食です。私達は総勢9名でしたので、席が準備されていました。
水明館12.JPG

水明館13.JPG

↓献立表
水明館10・献立.jpg

↓喜寿の人がいましたので、サービスとして鶴亀の器が配膳されていました
水明館14.JPG
水明館15.JPG

↓「猪口」陸蓮根と雲丹寄せ、「平皿」鰻道明寺と鱧煮凍り
水明館16.JPG

↓魚素麺
水明館17.JPG

↓間八と帆立レモン挟み
水明館18.JPG

↓朴葉寿司
水明館19.JPG

↓鮎塩焼き
水明館20.JPG

↓玉蜀黍饅頭
水明館21.JPG

↓国産牛ロースステーキ
水明館22.JPG

↓飛騨こしひかり、赤出汁、香の物
水明館23.JPG

↓オレンジのゼリー
水明館24.JPG

食後は、温泉に入って、皆で1室に集まって、二次会を遅くまでしました。

翌日の朝食は、同じ常盤で、バイキングスタイルです。
↓朝食の様子、ちょっと食べ過ぎましたね。
水明館25・朝食.JPG
水明館26.JPG
水明館27.JPG

↓日本庭園を散歩
水明館6・庭.JPG
水明館7・庭.JPG

水明館の玄関前で集合写真を撮って、9時半高山に向けて出発しました。
途中、私達は柴犬「はな」を引き取りに行きました。朝夕散歩をしてくれて、いい子でいたそうです。高山の記事は次回アップします。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)神宮、18:00、29,086人
阪神:010・204・103・・・11・・・・(12)
ヤクルト:000・000・001・・・・1・・・・(8)

【本塁打】福留8号ソロ(2回、ブキャナン)、ロジャース1号2ラン(4回、ブキャナン)2号2ラン(6回、ブキャナン)
     大山2号3ラン(9回、風張)
【マルチ安打】ロジャース3、大和2
【打点】福留1、ロジャース5、坂本2、大山3
【投手】
秋山   9回、34人:8安打、2三振、1四球、1失点(8勝4敗
●ブキャナン  6回、28人:9安打、5三振、2四球、7失点(5勝7敗)

※13連敗中のヤクルト相手に、阪神は大勝しました。糸井、糸原の二人を欠く打線だったが、ロジャースが来日初の爆発で、快勝しました。
↓あと一人で、完封を逃し、残念がる秋山投手
阪神2・秋山.JPG
↓ヒーローインタビューのロジャース選手
阪神3・ロジャース.JPG
↑この日だけにならないよう、願っています。

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◎シンクロ日本はチームFR4位
http://www.asahi.com/articles/GCO2017072101001449.html
↓(朝日新聞デジタルより)
【ブダペスト共同】水泳の世界選手権第8日は21日、ブダペストで行われ、シンクロナイズドスイミングのチーム・フリールーティン(FR)決勝で日本(乾、中村、中牧、阿久津、林、丸茂、福村、小俣)は93・1000点の4位に終わり、この種目で2大会連続のメダル獲得はならなかった。ロシアが97・3000点で制した。

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下呂温泉散策4(温泉寺2、加恵瑠神社、温泉博物館) [岐阜旅行]

7月19日(水)   只今、岐阜・犬山・下呂・高山旅行記を連載中です。
今回は、下呂温泉寺の続きからです。

下呂81・地図.jpg

◎温泉寺
http://www.onsenji.jp/

↓鐘楼
下呂82・鐘楼.JPG

↓万里集九詩文碑
下呂52・万里集九詩文碑.JPG

↓本堂
下呂53・本堂.JPG
下呂54・本堂.JPG
下呂55・本堂扁額.JPG

↓説明板
下呂56・温泉寺説明板.JPG

↓湯掛薬師
下呂57・湯掛薬師.JPG

↓旧飛騨屋邸地蔵堂
下呂58・旧飛騨屋邸地蔵堂.JPG

↓観音様
下呂59・観音様.JPG

↓観音堂
下呂60・観音堂.JPG
↓昔話「さるやの石」
下呂61・さるやの石.JPG
↓観音堂内部
下呂62・観音堂.JPG

↓天醫稲荷神社
下呂63・天医師.JPG
下呂64・稲荷.JPG
下呂65・稲荷説明板.JPG

↓飛騨地方の水屋
下呂66・飛騨地方の水屋.JPG
下呂67・水屋説明板.JPG

温泉寺の拝観後、再び「湯の街通り」へ戻りました。
↓老舗菓子店「養老軒」
下呂68・養老軒.JPG

◎加恵瑠神社(かえる神社)
下呂69・かえる神社.JPG
下呂70・手水所.JPG
下呂71・かえる大明神.JPG
下呂72・かえる説明板.JPG

◎温泉博物館
下呂73・温泉博物館.JPG
↑時刻が遅かったので、閉館していました。
温泉を科学と文化の両面から紹介する全国でもめずらしい温泉専門の博物館。
館内では、温泉を科学的見地から、温泉の湧き出すしくみや、泉質、効能などを紹介し、また、歴史から見た温泉や 温泉の発見伝説、江戸末期から明治の温泉番付など興味深い資料を温泉の文化として紹介しています。
 そのほかにも、実際に温泉の塩分やphを調べたりできる体験コーナーや温泉に関わる書籍などもそろえ、下呂温泉に関しても歴史などを、貴重な写真、資料、ジオラマなどで紹介しています。

↓温泉博物館内の「薬師の足湯」
下呂74・温泉博物館、薬師の足湯.JPG
↑温泉街のほぼ中央、温泉をテーマにした博物館「下呂温泉博物館」内にあり、足湯と歩行浴が併設されたユニークな造りの足湯。博物館で温泉の知識を深めながら、足湯と歩行浴でリフレッシュ、まさに全身温泉漬けで、帰りの際には温泉博士になっていること間違いなし!?

↓鷺の足湯
下呂75・鷺の足湯.JPG
↑下呂温泉で最初に造られたのがこの「鷺の足湯」。700年ほど前に1羽の白鷺が舞い降り、温泉の涌く場所を村人に知らせたという白鷺伝説に由来して命名されました。
木造りの湯船とベンチに雨除けのついたシンプルな足湯ながら、中央駐車場のすぐ隣りという立地の良さで、いつも必ず誰かが利用している、人気の足湯です。

↓記念写真のポイント
下呂76・記念写真ポイント.JPG

↓常夜灯
下呂77・常夜灯.JPG
下呂78・常夜灯説明板.JPG

↓日本三名泉発祥碑
下呂79・日本三名泉発祥火.JPG

↓ビーナスの足湯
下呂80・ビーナスの足湯.JPG
↑欧調風の建物が印象的な共同浴場「白鷺の湯」の玄関に造られた足湯。白いビーナス像が目印のユニークな造りで、女神像を眺めながら輪になって入浴できるため、女性グループやファミリーに人気があります。

※宿泊の旅館「水明館」へ、18時25分に戻ってきました。夕食の様子は次回アップします。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)甲子園、18:00、46,629人
広島:051・200・100・・・・9・・・・(12)
阪神:000・000・032・・・・5・・・・(7)

【マルチ安打】西岡2、糸原2
【打点】上本1、ロジャース2、俊介1、西岡1
【失策】ロジャース
【投手】
●岩貞   3回、18人:7安打、5三振、3四球、6失点(4勝6敗)
・岩崎   2回、9人:3安打、3三振、無四球、2失点
・伊藤   3回、14人:2安打、2三振、2四球、1失点(自責0)
藤川   1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点
○大瀬良 7回3分の1、29人:4安打、6三振、3四球、3失点(6勝)

※糸井が登録抹消での新オーダーは、1番中堅西岡、2番二塁上本、3番一塁初出場のロジャース、4番右翼福留、5番左翼中谷、8番捕手坂本。苦心のオーダーであったが、不慣れな中堅西岡の拙い守備(記録は安打)より2回岩貞が炎上し5失点で勝負が決まった。
※岩貞は去年のようなダイナミックな投球がなくなっていますね。初出場のロジャースは期待するものとは違いますね。
※広島は相手のミスにつけ込んで、勝つ試合をしますので、本当に強いチームと思いますね。

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下呂温泉散策3(行者堂、温泉寺)、全パが第1戦勝利 [岐阜旅行]

7月15日(土)   現在、岐阜・犬山・下呂・高山旅行記を連載中です。
今回は、下呂温泉散策記事の続きです。(6月5日撮影)

下呂30・地図.jpg

↓湯の街通り入口、行者堂への上り口
下呂31・湯の街通り入口、行者堂.JPG

↓行者堂
下呂32・行者堂.jpg
http://www.kusatuyu.com/gero/gyoujya.html
創建は安永年間(1772~80)に建立されたのが始まりと伝えられています。嘉永年間(1848~1854年)に再建され、平成13年(2001)に現在地に遷座再建されています。桁行1間、切妻、桟瓦葺、正面に外壁が無く直接、尊像を拝める造りになっています。中央に安置されている石像が修験道の開祖と呼ばれる役行者。(写真は上記サイトより借用)

↓かえるの滝
下呂33・かえるの滝.JPG

↓旧飛騨街道と旧南北街道の分岐点
下呂34・旧飛騨街道と旧南北街道の分岐点.JPG

↓路面に注目。白鷺のマンホールの蓋
下呂35・白鷺のマンホール蓋.JPG

↓路面にカエルとハート
下呂36・路面にカエルとハート.JPG

↓高札場
下呂37・高札場.JPG
下呂38・高札場.JPG

↓温泉寺方面へ行く岐路
下呂39・岐路.JPG

◎温泉寺
住所:岐阜県下呂市湯之島680
電話:0576-25-2465
http://www.onsenji.jp/
山号:醫王霊山。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:薬師如来
札所:中部四十九薬師霊場第37番。文化財:武川久兵衛の墓
下呂温泉は平安時代の天暦年間以前から存在していたが、1265年(文永2年)に源泉が枯れてしまう。源泉が枯れてしまった翌年、飛騨川の河原に一羽の白鷺が舞い降りたのに村人が気づき、その場へ行くと温泉が湧いていた。白鷺は空高く舞い上がり、中根山の中腹の松に止まった。その松の下には一体の薬師如来が鎮座していたという。その薬師如来を安置するために、「湯島薬師堂」が創建される。
1671年(寛文11年)、禅昌寺八世剛山和尚を中興開山に迎え、醫王霊山 温泉寺として再興する。

↓温泉寺への173段の石段
下呂40・温泉寺の石段.JPG

↓温泉寺寺標、地蔵堂(子守地蔵尊)
下呂41・温泉寺寺標、子守地蔵尊.JPG
↑境内へのペット入場禁止の看板あり。

↓石段の途中にある飛騨屋久兵衛の墓(県指定史跡)
http://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/17768/siseki/takekawa.html
下呂42・飛騨屋久兵衛の墓.JPG
下呂43・墓の説明板.JPG
↑江戸時代中期に北海道開拓事業で業績のあった武川久兵衛の墓は、温泉寺墓地にある。墓地の石段8合目、北側に武川家の墓域があり、与三右衛門倍国をはじめとして、累代の家主並びに家族の墓16基が並んでいる。史跡に指定されているのは、4代倍行・5代倍正・6代倍安・7代益郷の4人の墓である。

↓手書きの案内図
下呂44・手書きの案内図.JPG

↓この辺りからの下呂温泉街の眺望
下呂45・展望.JPG

↓山門
下呂46・山門.JPG
下呂47・山門扁額.JPG

↓七福神
下呂48・七福神.JPG

↓書院
下呂49・書院.JPG

↓書院の縁側が日韓合作ドラマの撮影現場
下呂50・書院の縁側.JPG

↓境内の様子
下呂51・境内本堂方面.JPG

※温泉寺の記事は、次回に続きます。

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◎ウィンブルドン(女子シングルス準決勝)

ガルピネ・ムグルッサ(ESP)6-1、6-1 〇マグダレナ・リバリコバ(SVK)

ビーナス・ウイリアムズ(USA)6-4、6-2 ⑥ジョハナ・コンタ(GBR)

※応援しているジョハナ・コンタが破れて残念です。

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◎オールスター第1戦は全パが勝利

◇試合開始:19時05分 ◇ナゴヤドーム ◇観客:36,111人
回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打
全パ:100・000・131・・・・6・・・・(9)
全セ:000・101・000・・・・2・・・・(6)

◇投手 【全セ】バルデス 田口 岡田 又吉 ●マテオ(1敗) 山崎康 【全パ】千賀 菊池 谷元 ○山岡(1勝) 牧田 松井裕 
◇本塁打 秋山1号(バルデス) 筒香1号(菊池) 西川1号(マテオ) 中田1号(山崎康)
【表彰選手】▽最優秀選手賞(賞金300万円) 内川(ソ)
      ▽敢闘選手賞(賞金100万円) 西川(日)、秋山(西)、筒香(D)

【阪神の選手】
・糸井:2打席、1四球、1安打
・鳥谷:2打席、1三振、無安打
・梅野:2打席、無安打
・マテオ:1回、3安打、2三振、無四球、3失点(敗戦投手)

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下呂温泉散策2(雨情公園、合掌村)、阪神は前半戦貯金7の2位で折り返し [岐阜旅行]

7月13日(木)   下呂温泉散策記事の続きです。阿多野谷沿いの阿多野通りを進んで、合掌村方面へ歩きました。
下呂29・地図.jpg
途中に「雨情公園」がありましたので、ちょっと立ち寄りました。

◎雨情公園
歌謡詩人・野口雨情の下呂滞在にちなんで作られた公園で、温泉街を東西に流れる阿多野谷の上流にあります。遊歩道や芝広場のある河川公園となっています。野口雨情は昭和のはじめ(昭和13年頃)に下呂の地に来遊した際に湯之島館や当時の清芳閣に泊まり、下呂歌謡14章を作っています。雨情歌碑は温泉街はじめ、下呂温泉の南、飛騨木曽川国定公園の中山七里に立っています。

↓公園入口付近
下呂17・雨情公園.JPG

↓公園の様子
下呂18・雨情公園.JPG
下呂19・雨情公園.JPG

↓公園の案内図
下呂20・雨情公園案内図.JPG

↓野口雨情の歌碑
下呂21・雨情歌碑.JPG
↑下呂歌謡14章のうちの第1節「忘れなさるな 湯ケ峰下は こひし温泉 下呂の町」

↓浅本義一郎の歌碑
下呂22・浅本義一郎歌碑.JPG
下呂・浅本.JPG

↓下留磨の足湯(げるま)
下呂23・下留磨の足湯.JPG
↑下呂温泉とは違う、遠赤外線効果による様々な効能のある、ゲルマニウム鉱石を利用した足湯。下呂温泉合掌村を眺めながらくつろげます。

↓いでゆ朝市
下呂24・いでゆ朝市.JPG
↑下呂温泉街にある「下呂温泉合掌村」の入り口下で開催される『いでゆ朝市』。
 地元で採れた野菜や、地元特産品のトマトジュースにブルーベリージャム、ぶなしめじや地酒、そしてあかかぶの漬物のほか、和雑貨や骨董品のお店が軒を連ねています。平成12年(2000)7月31日に開店。

◎下呂温泉合掌村
開館時間:8:15~17:00。 入館料:大人800円
世界遺産となった白川郷がある白川村から昭和38年に移築した「旧大戸家住宅」(国指定重要文化財)をはじめ、10棟の合掌造りの民家を配し、往時の生活を知ることができる貴重な博物館です。村内には和紙作りや素焼きの陶器の絵付けの体験、飛騨の味なども体験できます。

↓合掌村の案内図
下呂25・下呂温泉合掌村の案内図.JPG

↓合掌村の出入口
下呂26・合掌村出入り口.JPG
※残念ながら、閉館時刻を過ぎていましたので、入ることは出来ませんでした。

↓駐車場から合掌村を撮影
下呂27・合掌村.JPG
下呂28・合掌村.JPG

※同じ道を戻り、阿多野橋から湯の街通りを散策することにしました。次回アップします。

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◎昨日の阪神タイガース(前半最終戦)
回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)甲子園、18:00、43,968人
中日:200・002・000・・・・4・・・・(6)
阪神:010・003・01×・・・・5・・・・(11)

【本塁打】ゲレーロ23号2ラン(1回、秋山)、大島2号2ラン(6回、秋山)
【マルチ安打】上本2、中谷3、大和3
【打点】大和4、中谷1
【投手】
・秋山   6回、23人:4安打、5三振、1四球、4失点
H桑原   1回、3人:無安打、1三振、無四球、無失点
○マテオ  1回、5人:2安打、1三振、無四球、無失点(6勝2敗)
Sドリス  1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点(1勝3敗23S)
・バルデス 6回、26人:8安打、1三振、2四球、4失点
●又吉   1回、4人:2安打、1三振、無四球、1失点(4勝1敗)

※3連勝で、貯金7で、前半戦を折り返しました。まずは良かった前半でしたね。
※3試合連続、二桁安打と、打線も上昇気運ですね。
※広島は強すぎて、8ゲーム離されての2位で前半戦終了。後半戦には、西岡・藤浪・新外人が参入してきますので、面白くなりそうですね。

↓福留の代わりに4番に入り、猛打賞の活躍をした中谷選手
阪神7・中谷.JPG

↓この日は大和デーでした。3安打4打点の活躍で、文句なしのヒーロー
阪神8・大和.JPG

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下呂温泉散策1(白鷺橋、温泉神社、さるぼぼ) [岐阜旅行]

7月12日(水)   岐阜・犬山・下呂・高山旅行記に戻ります。
今回からは、下呂温泉散策記事を数回に分けてアップします。(6月5日撮影)

◎下呂温泉散策
下呂0・地図.jpg
【下呂温泉】Wikiより
下呂温泉(げろおんせん)は、岐阜県下呂市(旧飛騨国益田郡)にある温泉。林羅山が有馬温泉・草津温泉とともに、日本三名泉に数えた(ただし、当時は下呂ではなく湯島と表記)ことから、「日本三名泉」と称されていた。泉質はアルカリ性単純温泉。下呂駅から飛騨川(益田川)沿いを中心に旅館・ホテルが林立している。(宿は約40軒)
 約1000年前の延喜年間から天暦年間の頃に、現在の温泉地の東方にある湯ヶ峰(1,067m)の山頂付近に温泉が湧出したのがはじまりである。泉効があり、当時から湯治客があったと言われる。
1265年(文永2年)に山頂からの湧出は止まったが、現在の温泉地である飛騨川の河原に湧出しているところを発見された。このことは開湯伝説における白鷺伝説(薬師如来が一羽の白鷺に化身し、湧出地を知らせたという伝説)として伝わる。湯口の移動により、湯ヶ峰に安置してあった薬師如来像を村里に移動し、温泉寺とした。室町時代に、五山僧・万里集九が草津・有馬とともに天下三名泉として全国に紹介した。1621年には林羅山が著書の中で草津・有馬とともに名湯として挙げている。中根山の山麓に建つ温泉寺は江戸時代の創建と言われる(1671年)。当時の泉名は「湯島」と言い、その後、湯之島温泉が下呂温泉の別名としても使われた。温泉地は飛騨川の氾濫の度に壊滅的な被害を受けてきたが、その度に復興してきたものの、安政の大洪水で湯脈が破壊されて湧出口を失い、明治時代にわずかに出たものの寂れてしまった。
復活をかけて地元民により大正時代にボーリング採掘が始まり、昭和初期には、高山本線下呂駅開業を見据えて、名古屋の実業家・岩田武七(現・マドラスの創業者)が採掘事業に乗り出し、1931年に湯之島館を開業した。当旅館建物は国登録有形文化財になっている。

↓飛騨川(益田川)にかかる下呂大橋(いでゆ大橋)
下呂3・下呂大橋.JPG

↓湯之島橋
下呂4・湯之島橋.JPG

↓白鷺の模様
下呂5・阿多野谷沿いの柵.JPG

↓せせらぎの小径
下呂6・せせらぎの小径.JPG

↓白鷺橋にある「チャップリン像」
下呂7・白鷺橋のチャップリン像.JPG
↑観光客が映画について楽しく語らいながら温泉街散策できるような「映画通り」を目指す「ミラクルスマイル」事業の第一弾として、平和のシンボル「チャップリン」像の製作を、本場ハリウッドで、、「ゴースト・バスターズ」、「ポルターガイスト 4」、「アビス」、「アンドリュー NDR 114」なんかを手がけた造形アーティスト「スティーブ・ジョンソン」に依頼し完成させたもの。

↓チャップリン像の隣に最近設置された「万里集九像」
下呂8・万里集九像.JPG
↑下呂温泉を日本三名泉として世に広めた室町時代の詩僧、万里集九像が白鷺橋のたもとに建てられ2015年8月3日、除幕式が行われた。
除幕式には、万里集九とゆかりのある京都五山・相国寺の小林玄徳老師や下呂・温泉寺の岩浅宏観老師をはじめ、温泉関係者120人が出席。万里集九に感謝の意を示し、その威徳を顕彰していく。

↓白鷺橋に設置されている、猿と戯れる「林羅山像」
下呂9・林羅山像.JPG
↑徳川家康から4代の将軍に仕えた江戸時代の儒学者 林羅山により、有馬、草津と並ぶ「天下の三名泉」と称され、下呂温泉はよりその名を知られるようになった。

★温泉神社
下呂10・温泉神社.JPG
下呂11・温泉神社.JPG
↑下呂温泉の繁栄を祈願して出羽三山湯殿山神社の分霊を祭ったのが始まり。境内には温かいお手水が勢いよく流れ、湯量豊富な下呂温泉のシンボルともなっています。

↓お土産屋さんの「さるぼぼはうす」
下呂13・さるぼぼはうす.JPG
↑右奥が「さるぼぼ神社」の入口
さるぼぼ」は、飛騨高山など岐阜県飛騨地方で昔から作られる人形。飛騨弁では、赤ちゃんのことを「ぼぼ」と言い、「さるぼぼ」は「猿の赤ん坊」とい使われている。近年では、土産として飛騨地方の観光地で多く見られる。
よく見かける基本形は、赤い体に赤く丸い顔(目鼻口は省かれる)、赤い手足(指は省かれている)、黒い頭巾と黒い腹掛け(いわゆる「金太郎」)を纏い、座って足を前に投げ出しているか両足を広げ、両腕を上げて広げた(いわゆる万歳の)姿である。

↓「さるぼぼ神社
下呂12・さるぼぼ神社.jpg(写真は借用)
↑お土産屋さんに挟まれた奥の狭い境内に、足湯と「さるぼぼ」を祭る神社があります。どちらも観光用でしょうね。

↓さるぼぼ神社の境内にある、「黄金足湯」
下呂14・さるぼぼ神社内・さるぼぼ黄金足湯.jpg(写真は借用)
↑さるぼぼの七福神と金をモチーフとしており「運気」、「幸運」をアップさせるとのこと。

【足湯】下呂駅周辺に10か所
足湯とは、縁台に座って足だけの温泉浴をするもの。足湯は温泉の部分浴として親しまれています。

↓「しらさぎ横丁」の前にも、大きな「さるぼぼ人形」がありました
下呂15・しらさぎ横丁前のさるぼぼ.JPG

↓雅の足湯
下呂16・雅の足湯.JPG
↑下呂ロイヤルホテル雅亭に造られた足湯。入り口玄関の横にあり、宿泊客以外にも無料開放されているので気軽に利用できます。湯船に浮かぶ檜玉が疲れた足裏を心地よくほぐしてくれます。奥の売店ではソフトクリームも販売しています。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)倉敷、18:00、30,185人
中日:100・000・000・・・・1・・・・(10)
阪神:013・150・00×・・・・10・・・(14)

【本塁打】上本5号ソロ(3回、ジョーダン)、福留7号2ラン(3回、ジョーダン)
【マルチ安打】上本4、福留2、梅野2
【打点】上本3、福留2、大山2、梅野1、メッセンジャー1
【失策】大山(9回)
【投手】
○メッセンジャー 7回、29人:9安打、6三振、無四球、1失点(8勝5敗)
・高橋   1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点
伊藤   1回、4人:1安打、無三振、無四球、無失点
●ジョーダン  3回、15人:4安打、1三振、1四球、4失点(6勝3敗)

http://www.asahi.com/articles/ASK7C7728K7CPTQP01C.html?iref=comtop_list_spo_n01
※阪神は、上本の本塁打を含む4安打や、福留の1ヶ月半ぶりの本塁打があり快勝しました。
※上本はあと三塁打が出ればサイクル安打になるところでしたが、6回の守備から糸原に代えられました。滅多に訪れないチャンスだったので、上本をそのまま起用して欲しかったですね。

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つじ屋 中恵土(岐阜県可児市)、ハッピーフラット(下呂市)、大坂なおみ・錦織圭3回戦進出 [岐阜旅行]

7月7日(金)    現在、岐阜・犬山・下呂・高山旅行記を連載中です。
今回は、義兄の住まいの岐阜県加茂郡川辺町に集合し、兵庫県相生市からの義姉家族と合流し、昼食をとるため、予約してあった鰻屋さんへ、総勢8名で向かいました。13時到着。
11年前に一度訪問し、美味しかった味が忘れられず再訪しました。今回の旅行の大きな目的の一つでもあります。

◎つじ屋 中恵土 (うなぎ屋)
住所:岐阜県可児市中恵土2322-1
電話:0574-62-5340
定休日:木曜日
https://tabelog.com/gifu/A2102/A210203/21007824/

↓店の外観
つじ屋1.JPG
↑その後、改装されて見違えるような店になっていました。「はな」はゲージに入れて、入口脇の日陰に置かせていただきました。

↓メニュー
つじ屋2・メニュー.JPGつじ屋3.JPG

↓特製夢づくし 3,500円
つじ屋4・特製夢づくし.JPG
つじ屋6・う巻き.JPG

↓皮をパリパリに硬く焼くのが当店の特徴です
つじ屋5.JPG

↓店内の様子
つじ屋7.JPG
つじ屋8.JPG

14時20分に、うなぎ屋さんを出発し、宿泊する下呂温泉に向かいました。
16時に水明館に到着。チェックイン手続きをしました。
東京から義甥が、すでに直接到着していました。これで9名全員揃いました。
4室に部屋割りし、夕食は18時30分としました。それまでの間、それぞれ入浴したり寛ぎました。

◎水明館
住所:岐阜県下呂市幸田1268
電話:0576-25-2800
https://www.suimeikan.co.jp/charm.html

↓水明館の遠景
水明館1・遠景.JPG
↓水明館
水明館2.JPG

私達は予約してあるペットホテルへ「はな」を連れて行きました。

★ハッピーフラット
住所:岐阜市萩原町西上田1260
電話:090-3423-9197
https://www.happyflat.com/
ここは犬のトレーニングセンターで、若い男女2人が出迎えてくれました。必要書類を書き、犬の食事2回分を渡し、帰りました。代金5,500円は、明日支払いとのことでした。

↓大人しく別れる「はな」
ハッピーフラット.JPG

後ろ髪を引かれながら、水明館に戻りました。まだ夕食時間まで1時間半もあります。私は風呂に入らず、下呂温泉街を散策することにしました。この記事は次回アップします。

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◎ウィンブルドン(2回戦)

大坂なおみ(世界59位) 6-1、0-6、6-4 ●㉒バーボラ・ストリコバ(CZW)
   第22シードのストリコバ(チェコ)をフルセットで下す金星。大坂をブレットトレイン
  (新幹線)と名付けた相手だ。この勝利でグランドスラム大会すべてで3回戦以上の成績を
   収めたことになる。3回戦は、第10シードのヴィーナス・ウィリアムスと対戦。
   ウィンブルドン5・大坂.jpg


錦織 圭 6-4、6-7、6-1、7-6 ●セルゲイ・スタコウスキー(UKR122位)
   四大大会(グランドスラム)の中では、ウィンブルドンが唯一ベスト8進出経験がない大会
   となっている錦織はこの日、4年前の同大会でロジャー・フェデラー(スイス)から金星
   を奪ったことで知られるスタホフスキに接戦を強いられた。しかし、試合が行われた
   コート1での暑さに加え、終始自身の顔に当たってきた羽アリにも冷静に対処した錦織は
   「タフな試合になることはわかっていた。芝はセルジが最も得意としているサーフェス
   だからね」と語った。けがの状態も改善され、現在は万全の状態だという錦織はまた
   「最終セットは非常に厳しかった。ブレークを奪うのが難しかったが、十分に良いプレー
   ができたと思う」「コート上での感覚も非常に良い。第5セットにもつれても、十分な
   体力が残っていた。再び健康な状態になれてとてもうれしい」と話した。
   試合時間3時間15分で接戦を制した錦織は次戦、3回目の4回戦進出をかけて第18シードの
   ロベルト・バウティスタ・アグト(スペイン)と対戦する。(AFPBBニュースより)
ウィンブルドン4・錦織.JPG

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◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)横浜、18:00
阪 神:103・030・012・・・10・・・・(16)
DeNA:210・002・000・・・・5・・・・(11)

【本塁打】中谷8号2ラン(3回、飯塚)、原口6号ソロ(3回、飯塚)
     筒香12号2ラン(1回、秋山)、梶谷12号2ラン(6回、秋山)
【マルチ安打】鳥谷2、上本2、糸井2、福留3、中谷2、原口2
【打点】福留1、中谷2、原口1、坂本1、上本3、鳥谷1、糸井1
【投手】
○秋山 5回3分の1、25人:9安打、6三振、1四球、5失点(7勝4敗)
H高橋  3分の2、2人:無安打、1三振、無四球、無失点
H桑原   1回、4人:無安打、1三振、1四球、無失点
Hマテオ  1回、5人:2安打、1三振、無四球、無失点
・ドリス  1回、3人:無安打、2三振、無四球、無失点
●飯塚 4回3分の1、25人:9安打、2三振、3四球、6失点(1敗)

※阪神は中谷・原口のアベック弾を含め、今季最多タイの16安打で、快勝し、2位を必守しました。またこの試合で、坂本捕手がスタメンで初マスクを被りました。

阪神4・中谷.JPG

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国宝・犬山城(愛知県)、杉田祐一初勝利 [岐阜旅行]

7月6日(木)   現在、岐阜・犬山・下呂・高山旅行記を連載中です。
今回は、犬山編の最終回として、国宝・犬山城をアップします。犬山城にはペット入場禁止ですので、妻と義弟夫婦の3人で入場しました。妻が撮影した写真を借りています。(撮影は6月5日)

国宝五城(姫路・彦根・松本・松江)の一つ。織田信長の叔父・信康によって創建されました。木曽川の南岸にそそりたち、天守最上階には回廊があり、眺めは絶景。

◎犬山城 (国宝)
住所:愛知県犬山市犬山北古券65-2
電話:0568-61-1711(犬山城管理事務所)
入場登閤料:大人550円
http://inuyama-castle.jp/
別名:白帝城。城郭構造:平山城。天守構造:複合式望楼型3層4階地下2階(1620年改)
築城主:織田広近。築城年:文明元年(1469)。主な改修者:織田信康
主な城主:織田氏、豊臣氏、石川氏、平岩氏、成瀬氏。廃城年:明治4年(1871)
遺構:現存天守、石垣、土塁。

【概要】Wikiより
尾張国と美濃国の境にあり、木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名の白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられる。
前身となる岩倉織田氏の砦を織田信長の叔父・織田信康が改修して築いた城であり、その後、池田恒興や織田勝長が入城、豊臣政権の時に石川貞清(光吉)が改修し現在のような形となった。また、小牧・長久手の戦いや関ヶ原の戦いにおける西軍の重要拠点となった。
江戸時代には尾張藩の付家老の平岩親吉が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろである。2004年(平成16年)3月時点で日本で唯一の個人所有の城であったが、同年4月に財団法人犬山城白帝文庫に移管されている(2013年からは公益財団法人)。2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(43番)に選定された。

【歴史・沿革】Wikiより
1469年(文明元年)応仁の乱の最中に 岩倉織田氏当主の織田敏広の弟・織田広近がこの地に砦を築いたのが始まりといわれる。
1475年(文明7年)11月、織田敏広は京都から西軍の斯波義廉と共に尾張に帰還し、東軍の斯波義敏、織田敏定(清洲織田氏)との戦いを優勢に進めたが、1497年(明応5年)に同盟関係にあった美濃守護代の斎藤妙純が近江で戦死したため、岩倉織田氏の勢力は衰退した。
1537年(天文6年) 清洲三奉行の織田信秀の弟・織田信康は居城の木ノ下城を廃し、現在の位置に城郭(乾山の砦)を造営して移った。現存する天守の2階まではこのころ造られたと考えられている。
1544年(天文13年) 織田信康が斎藤道三との戦い(加納口の戦い)で戦死し、子の織田信清が城主となった。
1564年(永禄7年) 織田信清は織田信長と対立して敗れ、甲斐に逃れた。
以後、池田恒興や織田勝長などが城主を務めた。
1582年(天正10年) 本能寺の変後、尾張国を領有した織田信雄配下の中川定成が城主となった。
1584年(天正12年) 小牧・長久手の戦いでは、信雄方と見られていた大垣城主・池田恒興が突如奇襲をかけ、信雄方から奪取する。これにより、犬山城は尾張国における西軍の橋頭堡となり、さらに羽柴秀吉は本陣を敷いて小牧山城の徳川家康と対峙した。
1587年(天正15年)織田信雄に返還された。
1590年(天正18年)織田信雄が改易されると豊臣秀次の領地となり、その実父の三好吉房が城代を務めた。
1596年(文禄4年)豊臣秀次が切腹すると、石川貞清が城主となった。貞清は城の改築を行ない、この際の建築用材は美濃金山城の建物の一切を解体移築したという「金山越」の伝承があったが、1961年(昭和36年)の解体修理の際の調査の結果、移築の痕跡がまったく発見されなかったため、移築説は現在は否定された。
1600年(慶長5年) 関ヶ原の戦いでは岐阜城、竹鼻城などと共に西軍の拠点となり、稲葉貞通、稲葉方通、加藤貞泰、関一政、竹中重門らが附属されたが、岐阜城が落城すると石川貞清を残して東軍に移った。一方の石川貞清は犬山城を放棄し関ヶ原に参陣し敗北したが、東軍についた木曽衆の山村良候らを犬山城で解放したことが評価され助命された。
1601年(慶長6年) 小笠原吉次が城主となる。
1607年(慶長12年) 平岩親吉が城主となる。
1617年(元和3年) 親吉没後6年間親吉甥の吉範が城主を務めたのち、尾張藩付家老の成瀬正成が城主になり、天守に唐破風出窓が増築される。以後江戸時代を通じて成瀬家9代の居城となった。
明治の廃藩置県で廃城となり、天守を除いて櫓・城門などほとんどが取り壊された。1891年(明治24年)の濃尾地震で天守の東南角の付櫓が壊れたため、1895年(明治28年)に城の修復を条件に旧犬山藩主成瀬正肥に無償で譲渡された。
1935年(昭和10年)、旧・国宝保存法に基づき当時の国宝に指定(旧国宝、現法制下では重要文化財に相当)される。1952年(昭和27年)、文化財保護法に基づきあらためて国宝に指定される。1959年の伊勢湾台風で被害を受けたため、1961年から1965年まで解体修理を行った。
2004年まで、城主であった成瀬氏が個人所有する文化財であったが、個人所有では維持に非常に困難が伴うことから、成瀬一族の中から城主に選ばれた成瀬淳子(13代当主成瀬正浩の妹)は財団法人『犬山城白帝文庫』を設立して理事長に就任し、犬山城は個人所有でなくなった。

↓入口の門
犬山城3・入口.JPG

↓入場登閤券
犬山城1.jpg

↓犬山城管理事務所
犬山城7・管理事務所.JPG

↓大杉様
犬山城6・大杉様.JPG

↓天守閣
犬山城4.JPG
犬山城5.JPG

犬山城2・構造.jpg

犬山城8.JPG

犬山城9.JPG

犬山城10.JPG

犬山城11.JPG

↓途中の階より庭園を眺める
犬山城12.JPG

↓天守よりの絶景
犬山城13.JPG
犬山城14.JPG

11時10分、犬山城第1駐車場を出発し、義兄の住んでいる岐阜県加茂郡川辺町へ向かいました。
集合場所に11時50分到着。兵庫県相生方面から来た義姉家族と一緒に昼食に向かいました。この食事の様子は次回アップします。

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◎ウィンブルドン(1回戦)

○キルステン・フリプケンス(BEL88位)6-4、6-3 ●土居美咲(世界57位)
   7年連続出場で昨年は16強の土居美咲は、格下に破れ1回戦で敗退。

○デニサ・アレルトバ(CZE107位)7-6、2-6、6-3 ●尾崎里紗(77位)
   初出場の尾崎里紗は、格下に惜敗し、1回戦で敗退。

杉田祐一(44位) 7-6、6-3、6-0 ●ブライダン・クライン(GBR232位)
   杉田祐一は、四大大会初勝利で2回戦に進みました。

※日本人8名のうち、1回戦を突破したのは、次の3選手だけとなりました。
 大坂なおみ、錦織 圭、杉田祐一

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◎昨日の阪神タイガース

回 数:123・456・789・・・・計・・・・(安打)横浜、18:00、27,678人
阪 神:010・000・000・・・・1・・・・(6)
DeNA:000・210・01×・・・・4・・・・(12)

【本塁打】石川2号ソロ(5回、メッセンジャー)
【打点】梅野1
【投手】
●メッセンジャー  5回、26人:7安打、5三振、6四球、3失点(7勝5敗)
・岩崎   1回、5人:2安打、2三振、無四球、無失点
・藤川 1回3分の0、6人:2安打、2三振、1四球、1失点
山本   1回、5人:1安打、無三振、1四球、無失点
○濱口 6回3分の2、31人:5安打、7三振、6四球、1失点(6勝3敗)
S山崎   1回、3人:無安打、1三振、無四球、無失点(1勝1敗11S)

※メッセンジャーの乱調で、DeNAに1ゲーム差に詰め寄られました。再三チャンスがあったが、あと1本が出ませんね。
※4回の2失点は、拙い守備によるものです。即ち上本と福留の拙守でした。記録は共に安打。

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