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醍醐寺3(霊宝館、伽藍)、フィギュア国別対抗戦日本優勝 [寺社]

4月23日(日)   醍醐寺の「三宝院」を拝観してから、「霊宝館」へ行きました。

◎醍醐寺
醍醐寺1・地図.jpg
【年譜】
・874年 - 聖宝により創建。
・1598年 - 豊臣秀吉により醍醐の花見が行われる。
・1939年夏 - 上醍醐を襲った山火事で短時間の間に、経蔵、清滝宮本殿、西国三十三所第11番札所の准胝堂(じゅんていどう)が焼失した。
・1995年1月17日 - 発生した兵庫県南部地震の影響で、五重塔、金堂などの漆喰がはがれた。
・1997年9月11日 - もとは朱雀天皇の御願により法華三昧堂として949年に創建され1470年に焼失した堂を、真如三昧耶堂として建立した。
・2008年8月24日 - 落雷による火災で、上醍醐の准胝堂(1968年再建)がほぼ全焼した。


★霊宝館
 醍醐寺は開山以来、天皇、貴族、武家、民衆など、多くの人々の祈りに守られてきました。その歴史の中で育まれた仏像、絵画、工芸品など、10万点以上の寺宝を伝承しています。
 霊宝館は、これらの貴重な寺宝の保存と公開を兼ねた施設として、昭和10年(1935)に開館しました。平成13年(2001)には上醍醐薬師堂の薬師三尊像(国宝)が、平成26年(2014)には同じく上醍醐五大堂の五大明王像(重文)が、霊宝館の平成館に安置されました。薬師堂に祀られていた薬師如来坐像(国宝)は、病や痛みと同じ場所へ金箔を貼り祈れば平癒することから「箔薬師」ともいわれ、多くの信仰を集めています。五大明王は「五大力さん」として親しまれ、長きに渡り人々を災いから守り続けています。霊宝館では、このほか醍醐寺の祈りと文化を示す多くの絵画、文書などを順次公開しています。今回の春の特別公開では、日本画家堂本印象が三宝院の純浄観に納めた「桜花と杉樹」の襖絵や、薄紅色の八重桜と緑色の杉が彩る8面の荘厳な絵を間近で鑑賞できます。

↓霊宝館の入口・受付
醍醐寺13・霊宝館入口.JPG

↓霊宝館の桜
醍醐寺14・霊宝館桜.JPG
醍醐寺15・霊宝館.JPG
醍醐寺16・霊宝館.JPG

↓霊宝館の本館
醍醐寺17・霊宝館本館.JPG

↓霊宝館の本館の中から庭を眺める
醍醐寺18・霊宝館から.JPG

霊宝館を拝観してから、伽藍エリアへ向かいました。

★伽藍
 豊臣秀頼が再建した西大門(仁王門)をくぐると、堂塔の並ぶ伽藍が広がります。醍醐寺の本堂である金堂(国宝)は豊臣秀吉の命により紀州から移築されたものです。本尊の薬師如来坐像は病気を癒し、苦しみを除く仏様で、両脇侍の日光・月光菩薩立像とともに重要文化財に指定されています。五重塔(国宝)は、醍醐天皇の菩提を弔うために朱雀天皇が起工、村上天皇も天暦5年(951)に完成した京都府下最古の木造建築物です。
 さらに東に進むと、現在、西国三十三観音霊場第十一番札所となっている観音堂に出会います。札所本尊の准胝観世音菩薩は「子授け」の観音様として多くの信仰を集めています。伽藍には、その他にも清瀧宮本殿(重文)や祖師堂、不動堂、真如三昧耶堂、弁天堂など多くの堂宇が立ち並び、平安時代からの人々の信仰が息づいています。また、観音堂の近くには弁天池や無量寿苑があり四季折々の風景を楽しむことができます。

↓西大門(仁王門)
醍醐寺20・伽藍仁王門.JPG

↓伽藍の参道
醍醐寺33・伽藍参道.JPG
↑右側に清瀧宮本殿(重文、1599年建立)があるが、今回は立ち寄りませんでした。

↓鐘楼
醍醐寺21・伽藍鐘楼.JPG

↓五重塔(国宝)
醍醐寺22・伽藍五重塔.JPG
醍醐寺23・伽藍.JPG
↑天暦5年(951年)建立。承平元年(931年)、その前年に亡くなった醍醐天皇の冥福を祈るために第三皇子の代明親王が発願し、穏子皇太后の令旨で建立が計画された。しかし、代明親王の死去(937年)などの影響で工事は停滞し、発願の20年後に完成した。総高38メートル。うち相輪部が12.8メートルで、全体の3割以上を占める。屋根の逓減率が大きく、塔身の立ちが低いため、後世の塔のような細長いプロポーションにはならない。創建以来修理を重ねたが、特に天正13年(1585年)の地震では一部の軒が垂れ下がるなどの甚大な被害を受けたため、豊臣秀吉の援助で慶長3年(1597年)に修理が完成している。昭和25年(1950年)の台風でも被害を受け、同35年(1960年)に修理が完成した。京都に残る数少ない平安時代建築として貴重であるとともに、初重内部の両界曼荼羅と真言八祖を表した壁画も平安絵画の遺品として重要であり、塔本体とは別に「絵画」として国宝に指定されている。

↓不動堂
醍醐寺24・伽藍不動堂.JPG

↓祖師堂
醍醐寺25・伽藍祖師堂.JPG

↓真如三昧耶堂
醍醐寺26・伽藍真如三昧.JPG
↑真如苑の開祖・伊藤真乗が興した密教法流「真如三昧耶流」を顕彰するために醍醐寺により平成9年(1997年)に建立された。

↓鐘楼堂
醍醐寺27・伽藍鐘楼堂.JPG

↓日月門
醍醐寺28・伽藍日月門.JPG

↓観音堂(旧大講堂)
醍醐寺29・観音堂.JPG
↑昭和5年(1930年)建立。現在は消失した上醍醐の准胝堂の西国札所が仮に移されており、「観音堂」と改称されている。

↓弁天堂
醍醐寺30・女人堂.JPG
↑昭和5年(1930年)に林泉の北東岸に建立された建物。

↓旧伝法学院(修行道場)
醍醐寺32・伽藍旧伝法学院.JPG

↓金堂(本堂)(国宝)
醍醐寺31・伽藍金堂.JPG
↑入母屋造本瓦葺き。正面7間、側面5間。平安時代後期建立。豊臣秀吉の発願により紀州から移築したもので、慶長3年(1598年)から移築を開始し、秀吉没後の慶長5年(1600年)に落慶している。『紀伊名所図会』等によると、当初は紀州湯浅(和歌山県湯浅町)の満願寺(12世紀後半に建立された後白河法皇の御願寺)本堂であったという。部材には平安時代のものが残るが、堂が湯浅にあった鎌倉時代に改修を受けており、移築時の桃山時代の手法も混在する。立ちの高い入母屋屋根は近世風で、移築時の改修である。内部には本尊薬師三尊像(重要文化財)を安置する。堂内は内陣と外陣(礼堂)の境に結界や間仕切りがなく、一体の空間とする点に特色がある。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 東京ドーム、14:00、44,455人
阪神:100・000・000・・・・1・・・・(4)
巨人:002・000・11× ・・・・4・・・・(6)

【本塁打】マギー2号ソロ(8回、松田)
【打点】福留1
【失策】能見(3回)
【投手】
●能見   6回、25人:2安打、6三振、4四球、2失点(自責1)(2敗)
・藤川   1回、6人:2安打、1三振、1四球、1失点(四球からの失点)
松田   1回、5人:2安打、2三振、無四球、1失点
○田口   7回、25人:4安打、4三振、1四球、1失点(2勝)
Sカミネロ 1回、3人:無安打、1三振、無四球、無失点(1敗7S)

※阪神は、左腕田口に6連敗と苦手を作ってしまった。コーチ陣は対策を講じているのか?
※四球は投手のエラーと思います。3回は投手エラーと四球で、1死2・3塁のピンチ、坂本にはフルカウントでしたが、勝負してタイムリー2点打を打たれました。1塁が空いているので、坂本を歩かせるのも選択肢だったと思いますね。

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◎昨日の柴犬はな

↓妻が豊南市場で買物している間、「稲津町1丁目児童公園」まで散歩しました。
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◎フィギュア国別対抗戦・日本3大会ぶり優勝

↓(デイリースポーツより)
女子フリーで三原舞依(17)=神戸ポートアイランドク)が146・17点を出し、直前に樋口新葉(16)=日本橋女学館高=が出した145・30点を上回る日本歴代最高得点で2位に入った。樋口は3位だった。三原は楽曲「シンデレラ」に乗せて、ヒロインの心の強さを演技に落とし込んだ。「ようやく王子様に出会ってお城に戻れたかな」と語った。
 冒頭から3回転ルッツ-3回転トーループ、3回転フリップ、2回転アクセルとジャンプを着氷させた。ステップ、スピンでもすべて最高評価のレベル4を得る演技を見せながら後半へ。要所の2回転アクセル-3回転トーループ、3回転ルッツ-2回転トーループ-2回転ループの3連続ジャンプを成功させ得点を伸ばした。
 自身の出した得点が日本歴代最高であることを伝えられると「えっ、えっ、えーっ!」と驚きをあらわにした。「知らなかったです。すごくうれしい。これまでは私はまだガラスの靴を落としたぐらいかなと思っていたけど、ようやく王子様に出会ってお城に戻れたかな」と「シンデレラ」のストーリーになぞらえて、自身の成長をかみしめていた。「シンデレラ」を競技プログラムでやるのはこれで最後となったが「シンデレラとともに戦ってきた経験を生かして、もっともっと強くなっていきたい」と誓った。
 1位は世界女王のエフゲニア・メドベージェワ(ロシア)で、女子では世界初となる160点超えの160・46点をマークした。
 団体戦では日本が3大会ぶり2度目の優勝を果たした。男子フリーで羽生結弦が1位、宇野昌磨が2位となり得たリードを、女子フリーの三原(2位)樋口(3位)が守った形となった。

フィギュア1.JPG
フィギュア2.JPG
※宮原がいなくても優勝とは、立派ですね。

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醍醐寺2(三宝院)、フリーは羽生が1位 [寺社]

4月22日(土)    4月9日の第二日曜日に行った醍醐寺の記事の続きです。

◎醍醐寺
住所:京都市伏見区醍醐東大路町22
電話:075-571-0002
山号:醍醐山。深雪山(上醍醐寺)
宗派:真言宗醍醐派
本尊:薬師如来(重文)
創建:貞観16年(874)
開基:聖宝
札所:真言宗十八本山第十二番、近畿三十六不動尊第ニ十三番(上醍醐)
   西国三十三所第十一番(上醍醐)、西国薬師四十九霊場第三十九番

【歴史】
醍醐寺の創建は貞観16年(874年)、空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝が准胝観音並びに如意輪観音を笠取山頂上に迎えて開山、聖宝は同山頂付近を「醍醐山」と名付けた。
醍醐寺は山深い醍醐山頂上一帯(上醍醐)を中心に、多くの修験者の霊場として発展した後、醍醐天皇は醍醐寺を自らの祈願寺とすると共に手厚い庇護を掛け、その圧倒的な財力によって醍醐山麓の広大な平地に大伽藍「下醍醐」が発展することになる。
その後、応仁の乱など戦乱で下醍醐は荒廃し、五重塔のみが残された。しかし豊臣秀吉による「醍醐の花見」をきっかけに、紀州などから寺院建築が移築されたり三宝院が建設されたりなどし、今日の姿となった。

醍醐寺1・地図.jpg

↓「総門」
醍醐寺2・総門.JPG
醍醐寺3・総門.JPG

★三宝院
永久3年(1115年)、左大臣 源俊房の子で醍醐寺14代座主勝覚が灌頂院(かんじょういん)として開き、後に仏教の三宝にちなんで現在の名に改めた。康治2年(1143年)に鳥羽上皇の御願寺となっている。 
鎌倉から南北朝時代にかけて、成賢(7世)・憲深(11世)・賢俊(21世)と高僧を輩出し、足利尊氏から厚く保護された。賢俊の没後、三宝院の急激な台頭に対する醍醐寺内部を含む内外の反発の動きを受けて光済(22世)が配流されるなどの苦難を受けるが、応安7年/文中3年(1374年)になって足利義満が三宝院23世である光助を室町幕府の祈祷を行う武家護持僧の管領役に任じたこと[1]から幕府の中でも特別な扱いを受けた[2]。25世満済は「黒衣の宰相」とも呼ばれ、応永3年(1396年)に足利義満の猶子となって醍醐寺座主に任じられ、続いて准三后となり、後には足利義教の室町幕府将軍擁立にも活躍するなどした。以後、歴代院主が醍醐寺座主を兼ねる慣例が成立する。また、古くから醍醐寺は真言宗系の修験の中心であったが、この頃から三宝院が真言宗系の修験者・山伏の取締にあたるようになる。
応仁の乱で三宝院が焼失し、廃寺同然となるが、安土桃山時代に醍醐寺金剛輪院の院主であった義演は豊臣秀吉の信頼が厚かったため、同院を中心に有名な「醍醐の花見」が開かれた。義演は准三后となり、秀吉の許可を得て三宝院32世を名乗り、金剛輪院を三宝院と改称した。桜で有名な醍醐寺三宝院庭園はその時期に整備された。義演は徳川家康からも信任を受け、江戸時代初期の天台宗系修験道である本山派本山の聖護院との相論では江戸幕府の支援を受けて、慶長18年(1613年)に修験道法度が制定された。
明治4年(1871年)、廃仏毀釈の影響で門跡号を差し止められるが、14年後に復称する。現在では、真言宗醍醐派総本山として宗務庁、醍醐寺の寺務所が三宝院内に設置され、醍醐派管長・醍醐寺座主・三宝院門跡の三職兼務が定められており、仲田順和が在任している。

↓三宝院の桜
醍醐寺4・三宝院桜.JPG
醍醐寺5・三宝院桜.JPG
醍醐寺12・三宝寺桜.JPG

↓大玄関
醍醐寺6・三宝院大玄関.JPG

↓表書院へ行く途中の渡り廊下から見た「唐門」(国宝)
醍醐寺7・三宝院唐門.JPG
↓霊宝館の庭から、「唐門」を見る
醍醐寺19・霊宝館から唐門.JPG
↑【唐門】平唐門、檜皮葺、黒漆塗り。正面扉に金箔の桐紋、その脇に菊紋を張り付けるいかにも桃山期らしい豪壮な門。2011年(平成23)に行われた解体修理の結果、遺された墨書などから本来三宝院のために造られたものでなく、他の場所に建立する予定のものが何らかの事情によりここに建立されたと推測される。北政所の寄進、前田玄以の奉行により建立されたとの伝承もある。かっては漆塗りが剥落劣化していたが、2011年の修理時に黒漆塗が施されて、印象は一新された。

↓三宝院の表書院(国宝)
醍醐寺8・三宝院表書院.JPG
↑表書院は、醍醐の花見の際に奈良から移された能の楽屋を再移転し、中門を付加するなど書院造風に整えたもの。

↓表書院から見た庭園
醍醐寺9・三宝院庭園.JPG
醍醐寺10・庭園.JPG
醍醐寺11・庭園.JPG
↑三宝院庭園は、秀吉の作庭と言われ、築造には賢庭の名も伝えられいる。中央に据えられた藤戸石は聚楽第から運ばれた由緒のあるもので天下の名石として名高い。

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) 東京ドーム、18:00、44,083人
阪神:300・010・000・・・・4・・・・(10)
巨人:001・000・000・・・・1・・・・(5)

【本塁打】福留2号3ラン(1回、マイコラス)
【マルチ安打】糸井2、福留4
【打点】福留3、北條1
【失策】鳥谷(3回)
【投手】
○メッセンジャー8回、31人:5安打、10三振、1四球、1失点(自責0)(3勝)
Sドリス    1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点(1敗8S
●マイコラス  6回、29人:7安打、6三振、4四死球、4失点(2勝1敗)

※4番打者(福留)が活躍すれば、勝てますね。阪神は巨人と同率2位で、首位・広島に1.5差です。
阪神3・メッセ.JPG

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◎フィギュア世界国別対抗戦・羽生フリー1位

↓(毎日新聞より)
フィギュアスケートの世界国別対抗戦第2日は21日、東京・国立代々木競技場で行われ、男子フリーで羽生結弦(ANA)が200.49点で1位、宇野昌磨(中京大)が198.49点で2位となった。3位はチャン(カナダ)で190.74点。今大会はSPとフリーの合計点は争わない。
世界選手権覇者で前日のショートプログラム(SP)は7位だった羽生は、最初の4回転サルコウが1回転になり、終盤に試みたトリプルアクセル(3回転半)も1回転半になるミスはあったが、それでもただ一人200点の大台を超えた。
 世界選手権2位でSP首位だった宇野は、演技後半に4回転フリップで回転不足となり、さらに転倒して連続ジャンプにできないミスがあった。
 アイスダンスのショートダンスでは、村元哉中、クリス・リード組(木下ク)が最下位の6位だったが、92.68点で自己ベストは更新した。ペアSPは須藤澄玲(神奈川FSC)フランシス・ブドローオデ(カナダ)組が54.84点で6位だった。
 大会は日本、ロシア、米国、中国、カナダ、フランスの6カ国が出場して22日まで行われ、各国から男女各2人、ペアとアイスダンスは各1組が出場。SP、フリーそれぞれの順位に応じたポイントを争い、日本が第2日終了時点で81点でトップ。米国、ロシアと続いている。ペアと女子のフリーは22日に行われる。

↓(デイリースポーツより)
男子フリーが行われ、世界王者で、SPは7位に終わった羽生結弦(22)=ANA=は、3月の世界選手権でマークした223・20点の世界記録更新はならなかったが、今季3度目の200点超えとなる200・49点をマークし、1位となった。
 前半に4回転サルコーが1回転になるミスなどがあったが、後半に4回転サルコー-3回転トーループ、4回転トーループ、そしてリカバリーとして準備していた4回転トーループ-1ループ-3サルコーに初めて成功し、史上初めて基礎点が1・1倍となる後半に3本の4回転ジャンプに成功した。
 SP1位の宇野昌磨(19)=中京大=はフリーで初めて4回転フリップを後半に組み込む演技に挑戦し、後半のフリップは転倒したが、堂々たる演技の198・49点で2位となった。

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醍醐寺1(豊太閤花見行列)、フィギュア世界国別対抗日本首位スタート [寺社]

4月21日(金)   4月9日の日曜日に、京都文化博物館で「戦国時代展」を観てから、久しぶりに醍醐寺に行きました。醍醐寺の駐車場は満車でしたので、隋心院の駐車場に止めて、約15分歩いて醍醐寺に向かいました。桜のシーズンですので大変な人出で、警察官が多数整理誘導していました。拝観券を買うのにも行列でした。この日は、「豊太閤花見行列」が開催する日だったので、特に混雑しました。私は行列のある参道に並び、初物を見る準備をしました。行列は13時からで、良い場所は1時間以上も並ばないと取れないようでした。

◎豊太閤花見行列

醍醐寺の豊太閤花見行列は、1598年(慶長3)に関白・豊臣秀吉が行った「醍醐の花見」に由来する行事です。秀吉は畿内から700本の桜の木を集め、醍醐寺の子院・三宝院の建物と庭園を造営し、3月15日(新暦の4月20日)に秀頼・北政所・淀殿・松の丸殿・諸大名など約1300人による一日だけの「醍醐の花見」を行いました。ちなみに秀吉はその年の8月18日(新暦9月18日)に亡くなりました。なお豊太閤花見行列が行われる醍醐寺は平安時代から「花の醍醐」と言われる桜の名所で、嵐山・仁和寺(御室桜)などとともに日本さくら名所100選にも選ばれています。
 豊太閤花見行列では桃山時代の装束を身に着け豊臣秀吉・福島正則・京極高次・義演僧正・北政所・淀殿などに扮した約200人が三宝院の唐門から仁王門を通って金堂まで練り歩きます。金堂前に着座した行列は、特設舞台で奉納される、雅楽・今様・狂言・殺陣・花見踊りなどを観賞します。その後、再び行列は三宝院の唐門へ戻って行きます。唐門から仁王門までの参道では無料で見られますが、仁王門より中へは拝観料が必要です。醍醐寺には現在枝垂桜・山桜・染井吉野など1000本の桜が植えられ、例年4月上旬が見頃を迎え、多くの花見客で賑わいます。豊太閤花見行列は、満開時を少し過ぎた4月第2日曜日に行われ、混雑が重複しないようにしています。

↓チケットを購入するのに長蛇の行列
行列1・チケット.JPG

↓三宝院の唐門前で待機する、少女隊
行列2.JPG

↓13時の少し前から、少女隊の桜踊りが先導します
行列4.JPG

↓13時ちょうどに、唐門の扉が開かれ、花見行列の開始です
行列5・唐門.JPG

↓行列の先導たち
行列6.JPG
行列7.JPG
行列8.JPG

↓福島正則、前田玄以
行列9・福島正則、前田玄以.JPG

↓京極高次、義演僧正
行列10・京極高次、義演僧正.JPG

↓太閤秀吉
行列11・太閤秀吉.JPG
行列12.JPG

↓豊臣秀頼
行列13・豊臣秀頼.JPG

↓増田長盛、長束正家
行列14・増田長盛、長束正家.JPG

↓北政所、孝蔵主
行列15・北政所、孝蔵主.JPG

↓小野お通、淀殿
行列16・小野お通、淀殿.JPG

↓芳春院、松の丸
行列17・芳春院、松の丸.JPG

↓加賀殿、大蔵卿の局
行列18・加賀殿、大蔵卿の局.JPG

↓仁王門から伽藍の中に入っていきます
行列19・仁王門へ.JPG

花見行列が仁王門から伽藍の中に入ったので、私たちは「三宝院」と「霊宝館」を拝観しました。
拝観後、伽藍の中に入ると、金堂前の特設舞台では、最後の奉納の殺陣が演じられていました。

↓金堂前
行列20・金堂前.JPG

↓奉納舞台を観る行列の人々
行列21.JPG

↓奉納舞台が終わると、花見行列は、三宝院へ戻って行きました。
行列22・戻り.JPG

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◎昨日の阪神タイガース

回数:123・456・789・・・・計・・・・(安打) ナゴヤドーム、18:00、22,454人
阪神:000・010・010・・・・2・・・・(8)
中日:000・000・32 ×・・・・5・・・・(9)

【本塁打】平田3号ソロ(7回、青柳)、ビシエド1号2ラン(8回、マテオ)
【マルチ安打】原口2、中谷2
【打点】原口1、高山1
【盗塁】鳥谷(4回)
【投手】
●青柳 6回3分の2、26人:5安打、6三振、2四球、3失点(2敗)
・桑原  3分の1、3人:2安打、1三振、無四球、無失点
・高橋  3分の2、3人:1安打、1三振、無四球、1失点
・マテオ 3分の0、1人:1安打、無三振、無四球、1失点
岩崎  3分の1、1人:無安打、1三振、無四球、無失点
・大野   6回、27人:6安打、2三振、4四球、1失点
○祖父江  1回、3人:無安打、無三振、無四球、無失点(1勝)
S田島   1回、3人:無安打、2三振、無四球、無失点(1勝1敗3S)

※まさかの中日に負越しです。しかも連夜の逆転負け。今日は投手継投策の失敗ですね。
※打の方では、福留がブレーキになりました。3度の得点機に併殺や凡退ばかり。

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◎国別対抗、日本首位スタート
http://www.asahi.com/articles/ASK4N4HCVK4NOIPE00N.html?iref=comtop_8_07
↓(朝日新聞デジタルより)
フィギュアスケートの世界国別対抗戦は20日、東京・代々木競技場で日本、カナダ、ロシア、米国、中国、フランスの6カ国が参加して開幕し、日本は首位でスタートした。ロシアもポイントで並んだが、規定により、日本が上位となった。

 男子ショートプログラム(SP)は宇野昌磨(中京大)が103・53点で首位。世界選手権金メダルの羽生結弦(ANA)はジャンプの失敗が響き、83・51点で7位。女子SPは三原舞依(神戸ポートアイランドク)が72・10点で3位。樋口新葉(東京・日本橋女学館高)は71・41点で5位。世界選手権2連覇のエフゲニア・メドベジェワ(ロシア)が自身の世界歴代最高点を更新する80・85点で首位に立った。アイスダンスの村元哉中(かな)、クリス・リード組(木下ク)は、ショートダンス(SD)5位発進。
     ◇
 〈世界国別対抗戦〉 今季の主要国際大会の成績をもとにしたランキングの上位6カ国が出場。男女シングル2人ずつとペア、アイスダンス1組ずつがそれぞれSP(アイスダンスはSD)とフリーを滑る。SPとフリーで別々に順位点(1位に12点、2位に11点と、順位が下がるごとに1点ずつ少なくなる)が与えられ、その合計で国の総合順位を決める。ソチ五輪から導入された五輪での団体戦では各種目1人・1組で争われる。このため、国別対抗戦よりもペアとアイスダンスの順位の比重が増す。

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